日本原子力研究開発機構(JAEA)は、磁石の内部に存在する磁壁の運動を制御することにより、時間変化しない直流磁場から交流の電圧を生み出す機構を見出したと発表した。これにより、電子スピンを用いた磁気・電気インバータの開発に道筋がついたという。

成果は、JAEA先端基礎研究センターの家田淳一 研究員、同 前川禎通 センター長らによるもの。詳細は米国の科学雑誌「Applied Physics Letters」にオンライン掲載されるとともに、出版元のAmerican Institute of Physicsの注目論文として取り上げられた。

古典電磁気学によれば、電気の源となる起電力は磁場の時間変化によって生じる。この磁気と電気の結びつきが、ファラデーによって発見された"誘導起電力"で、電子の電荷に電磁場が働くことに起因しており、ファラデーの法則はその発見から現在に至るまで、様々な電気機器の動作原理として人々の生活を支えている。

近年、ナノテクノロジーの進展にともない、微細な領域の磁気と電気の結びつきを調べることができるようになってきた中で、電子のもう1つの性質であるスピンに起因する起電力の存在が理論的に予測され、実験によって確かめられるようになった。このスピン起電力は、磁石(磁性体)を構成する磁化の磁気エネルギーが、磁化と電子スピンの相互作用を通じて、電子の電気エネルギーに直接変換されることにより生じる。スピン起電力は、誘導起電力とはまったく異なり、従来の常識に反して時間変化しない直流磁場からも電気を生み出すことができる。

スピン起電力を生成するための典型的な方法として、磁壁を1つだけ含むような磁性細線(長細い極小の磁石)を磁場中に置く方法がある。磁性体に磁場を加えると磁壁は一方向へ移動することが知られているが、この磁壁の運動に伴って磁気エネルギーから電気エネルギーへの変換が起こり、スピン起電力が生じる。これは、スピン起電力の生成法として初めて提案されたものであり、その後米国と日本の研究グループによってそれぞれ実証されている。

通常、スピン起電力の大きさは加える磁場の大きさに正比例する。すなわち、直流の磁場に対しては直流の電圧が生じ、交流磁場からは入力した磁場と同じ周波数を持った交流電圧が生じる。これに加えて最近、スピン起電力を用いたユニークな応用例が提案・実証されるようになってきた。それは、形状加工した強磁性薄膜に交流磁場を入力し、直流の電圧を生み出す仕組み、すなわち磁気・電気間の交流・直流変換(コンバータ)効果であり、この成果を受け、次なる研究テーマとしてその逆変換機構(インバータ)の可能性に注目が集まるようになっていた。

しかし、インバータを実現するためには、直流の入力エネルギーを時間的に変化させる仕組みを見いだす必要がある。研究グループでは、この課題を解決するため、図1に示すような周期的に横幅を変えた強磁性細線を用いて研究を行った。変調を伴う細線中の磁壁は、ちょうどゴム膜のように伸縮に伴いエネルギーが変化する。このエネルギーは細線の横幅に比例するため、磁壁がある場所ごとに図1右グラフが示すような異なる磁気エネルギーを持つ。

図1 磁気・電気インバータの模式図(左)と磁壁エネルギーの位置依存性(右)

ここに外部から磁場を入力し磁壁を移動することで、通常の入力磁場によるスピン起電力に加え、磁壁に蓄えられた固有の磁気エネルギーによるスピン起電力を同時に利用することを考えたという。これにより、磁壁移動に伴って発生する出力電圧には、この磁壁エネルギーの変動を反映した交流成分が重ね合わされることが予想され、これを確かめるため、周期変調した細線の中で磁壁の運動方程式を解き、スピン起電力の計算を行った。

この結果、図2のように周期変調細線におけるスピン起電力の出力電圧信号(赤線)では、直線状の非変調細線の場合に生じる直流電圧(黒線)に加えて交流成分が発生することがわかったという。この交流成分の振幅や周波数などの特性は、外部から入力する直流磁場の強さや細線の形状を調整することで制御することができる。適切な磁性材料を用いた場合、MHz帯からGHz帯までの良好な交流特性が得られることがわかった。また、細線の幅の変調に限らず、磁性材料の組み合わせや加工プロセスなどにより磁壁エネルギーを適切に制御することができれば、原理的に様々な手法で交流特性を生み出すことが可能となる。ここで示されたような、直流磁場から交流電圧を直接生み出す機構は、これまでのいかなる物理法則でも実現されておらず、今回の研究により、磁気・電気インバータの原理が確立されたことを示すものとなった。

図2 磁気・電気インバータの出力電圧(赤線)。形状を加工していない通常の磁性細線における出力電圧(黒線)

今回の研究では、磁壁の固有磁気エネルギーを引き出すことで、磁気・電気エネルギーの直流から交流への変換が可能であることが示され、入力磁場や細線形状に依存した交流特性が明らかにされた。これは、入出力がともに電気的である通常の能動素子に対し、電気と磁気の両者を直接結びつけるいわばハイブリッド版能動素子の誕生といえる。磁気エネルギーを直接利用した電子素子は、原理的に待機電源が不要なため、将来的に大きな省エネ効果をもたらすものと期待されると研究グループでは説明しており、新しい現象であるスピン起電力のユニークな特性の応用可能性を示すとともに、スピントロニクス技術に基づく磁気と電気を融合した高効率なパワーエレクトロニクス、すなわちパワースピントロニクス分野を切り開くものとしても期待されるとコメントしている。

なお、今回の研究で提案された磁性細線のナノ加工は、現在の微細加工技術によって十分実現が可能であり、研究グループでは今後、実験グループと共同でこの原理の実験的な実証を進めていく方針としている。