理化学研究所(理研)は11月8日、ポンプや電源などの外部駆動力が不要で、持ち運び可能な自律駆動型マイクロチップを開発し、amol(アトモル:10-18)未満の極微量マイクロRNA(miRNA)を、0.5μlのモデル試料から20分で検出することに成功したと発表した。

同成果は、理研基幹研究所 前田バイオ工学研究室の前田瑞夫主任研究員、細川和生専任研究員、新田英之特別研究員らの研究チームによるもので、米国オンライン科学雑誌「PLoS ONE」に掲載された。

18~24塩基程度の短い一本鎖であるマイクロRNA(miRNA)の中には、がん、アルツハイマー病、パーキンソン病、糖尿病などが進行すると、血液や体液中で増加する種類があることが近年の研究で分かってきた。このため、ある特定の配列を持ったmiRNAが、種々の疾病の超早期診断マーカーとして活用できないか、という期待が高まってきている。しかし、従来のPCRやシーケンサ、マイクロアレイを用いた検出法では、高感度やハイスループットという面での要求は満たすものの、検出時間が数時間から数十時間かかるうえに、大がかりな装置と高度な操作技術が必要であり、そうした課題を解決できる短時間で簡単に検出可能なシステムの開発が求められていた。

そうしたニーズに対応することを目指し、研究チームは今回、ポンプや電源などの外部駆動力が不要で、極微量のサンプルでも短時間で検出し、あらゆる場所で使用できる持ち運び可能なmiRNA検出チップの開発を行った。

具体的にはシリコーンゴムの一種で、生体適合性のよさと加工のしやすさなどから、コンタクトレンズや医用器具、防水剤、潤滑油、耐熱タイルなどに幅広く使用されているポリジメチルシロキサン(PDMS)に着目。PDMSは空気を取り込む性質を持っているため、脱気したPDMSが空気を取り込む力をポンプの動力源として利用することが可能であるため、検出したいmiRNAと特異的に結合するDNA断片をガラス基板上に固定化し、そこにサンプルの流入口を3つ、流出口を1つ、そして幅100μm、高さ25μmの断面を持つマイクロ流路を刻んだPDMSを載せた。

持ち運び可能な自律駆動型マイクロチップ。Aはマイクロチップの写真。ガラス基板上にPDMSのチップを載せて、空気封止フィルムで固定するとともに、サンプル流出口を密閉することで、脱気したPDMSが空気を取り込む力を引き出している。Bはその模式図。左側の流入口からはmiRNAを含んだサンプルや蛍光物質を、中央の流入口からは架橋剤などを滴下。右側の流入口からは、サンプルの代わりにmiRNAを含まない参照溶液(コントロール)を滴下して、バックグラウンドを検出する

PDMSが空気を取り込む力を利用して、サンプルを流入口からマイクロ流路に供給すると、検出したいmiRNAだけがDNAと相補的に複合体を形成(ハイブリダイゼーション)し、その後、蛍光物質同士をつなぎ合わせる架橋剤を別々の流入口から滴下すると、合流部分で効率良く蛍光物質がつなぎ合わさって蛍光シグナルが増幅。結果、これまで同研究チームが開発してきた手法比で検出感度を3桁引き上げることに成功したという。

50amolとゼロのときのmiRNAの蛍光シグナル。サンプルを滴下後10分経過時の蛍光顕微鏡で観察した蛍光シグナル。50amolのmiRNAが入ったサンプル(左)では、miRNAとDNA断片が特異的に結合し、さらに、この複合体に蛍光物質と架橋剤が流路中央付近で効率良く反応、白い蛍光シグナルを発していることが確認された

実際に、がん診断マーカーとしてよく知られ、22個の塩基で構成されるmiRNA(miR-21)を0.5μlの溶液に0.25amo溶かしたモデル試料で試したところ、20分でmiR-21の検出に成功したという。

自律駆動型マイクロチップの検出限界値。miRNAの濃度が0.25amlでノイズレベルを超えている(矢印)

この自律駆動型マイクロチップは、在宅診断や発展途上国でも利用可能であり、研究チームでは今後、同マイクロチップのさらなる高精度化と測定手順の簡素化、再現性の確認、蛍光物質を観察する蛍光顕微鏡の小型化などを実現したいとしており、これにより、さまざまな疾病のその場で、短時間に診断することが可能になれば、との期待を示している。