東北大学(東北大)は7月18日、ジグザグ型カーボンナノチューブのボトムアップ化学合成に成功したと発表した。同成果は、同大 大学院理学研究科の磯部寛之 教授、一杉俊平 助教、博士前期課程学生 山﨑孝史氏の研究グループによるもの。詳細は米国化学会誌でも公開される。

次世代材料として期待の高まるカーボンナノチューブだが、現在入手可能なカーボンナノチューブは、実は様々な構造体が混ざった状態で作られて提供されている。カーボンナノチューブの構造は、「アームチェア型」「らせん型」「ジグザグ型」の3種に大別され、それぞれの型の中に、様々な太さや長さのものがあるなど、さらに細かな分類があり、多種多様なナノチューブが混在している。しかし、精密な特性解明や機能開発のためには、明確な構造をもった単一種のカーボンナノチューブが求められており、ごく最近になり、有限の長さのカーボンナノチューブを、一種類の物質としてボトムアップ化学合成・分離しようとする試みが、世界中で始まっているという。

図1 カーボンナノチューブ分類図。左からアームチェア型、らせん型、ジグザグ型。赤で示した部分が名前の由来となる構造。アームチェア型、らせん型、ジグザグ型をカイラル指数で表記するとそれぞれ(n,n)、(n,m)、(n,0)となる。今回の研究では、2011年10月の「アームチェア型」「らせん型」の化学合成に続いて、世界で初めてジグザグ型カーボンナノチューブの化学合成を実現した

磯部教授のグループでは、クリセンと呼ばれる芳香族分子を4つ環状につなげる独自の化学合成法を開発し、2011年10月に「らせん型」と「アームチェア型」の2種の有限長カーボンナノチューブの合成を報告している。これらの例は、カーボンナノチューブの帯状の構造を再現した、世界初の有限長ナノチューブだった。今回の研究では、クリセン分子をつなげる場所を変えることで、最後に残っていた「ジグザグ型カーボンナノチューブ」を単一種として化学合成することに成功した。ジグザグ型有限長カーボンナノチューブとしては、これまではシクラセンという分子が想定されており、50年以上も前から合成が試みられてきていた。

このシクラセン分子は、多くの研究者の挑戦にも関わらず、未だ実現しない夢の分子となっていた。さらに最近、米国の研究者らにより「シクラセンは化学的に不安定であり合成が非常に困難である」と理論的な予測がなされるまでになっていた。今回の結果は、有限長ジグザグ型カーボンナノチューブをつくる際に不安定なシクラセンにこだわる必要はなく、クリセン分子をつなげることで安定な分子として存在・合成が可能となることを示した。

図2 「夢の分子」シクラセン。50年にわたり合成化学者の挑戦を拒んできている。近年では、特にカーボンナノチューブの部分構造として再注目されているが、理論研究からその化学合成は大変困難であると予測されている

同グループでは、さらにジグザグ型有限長カーボンナノチューブの分子構造解析に成功した。合成した有限長カーボンナノチューブの縁(開口端)には脂肪鎖と呼ばれる細い分子鎖が導入されている。今回の構造解析では、この分子鎖が別のナノチューブ分子の内部空間に取り込まれることでナノチューブ分子が互いに織り込まれ、紐状の組織化構造を作り上げることが発見された。カーボンナノチューブを組織化することは様々な試みが行われているが、これまで想定されていなかった「織り込み紐状形式」での組織化が可能であることを示す結果となった。

図3 ボトムアップ化学合成されたジグザグ型有限長カーボンナノチューブ(着色部分)と、その延長構造を持つカーボンナノチューブ(灰色部分)。赤と青は互いに鏡像体の関係にある。両者ともカイラル指数は(16,0)となる

図4 図3の構造の化学構造式

図5 ボトムアップ化学合成されたジグザグ型有限長カーボンナノチューブの結晶構造解析からの分子構造。2つの鏡像体が脂肪鎖を介して絡まり合う構造が発見された

図6 ボトムアップ化学合成されたジグザグ型有限長カーボンナノチューブの紐状組織化構造。結晶構造解析からナノチューブが絡まり合うことで紐状に連なる構造が発見された。右は紐状組織化構造の模式図

近い将来、有機合成化学を活用したカーボンナノチューブ化学合成法が進展することで、単一の構造をもつカーボンナノチューブの化学合成が実現されることが期待されている。今回の成果は、ボトムアップ化学合成によりカーボンナノチューブを自在につくり分けることが可能となることを示すものとなった。さらに、新たに発見された織り込み紐状組織化構造により、今後の機能性ナノチューブ材料の設計に新しい戦略が導入されることが期待されるとコメントしている。