海洋研究開発機構(JAMSTEC)は、近年のベーリング海東部陸棚域における「円石藻」のブルーム(大増殖)の発生について、過去70年にわたる海底堆積物を分析・解析した結果、1970年代後半を境にその発生が顕著になっていること、さらにその要因は、温暖化の影響による可能性が高いことを明らかにしたと発表した。

成果は、JAMSTEC 地球環境変動領域の原田尚美チームリーダーらの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、現地時間6月19日付けで米地球物理学連合発行の学術誌「Global Biogeochemical Cycles」に掲載される予定。

ベーリング海は北太平洋と北極海をつなぐ縁辺海であり、サケやカニの好漁場として知られ、日本のみならず、米国、カナダでは、魚資源の多くをベーリング海に頼っている。

この海の豊富な水産資源は、植物プランクトンで二酸化ケイ素(SiO2)の殻を持つ「珪藻」が優占種として食物網の底辺を支えることで成り立っているとされてきた。

ところが、1997年に、海の色を可視波長域で観測するセンサ「SeaWiFS(シーウイフス)」を搭載した衛星の運用が開始されて以来、別の植物プランクトンの「円石藻」(画像1)のブルームがベーリング海で観測されるようになり、年によっては数カ月の長期間にわたって円石藻ブルームが持続することがわかってきた(画像2(b))。

画像1は、円石藻ブルームを構成する種「Emiliania huxleyi」の電子顕微鏡写真。2006年のMR06-04航海で採取されたブルーム海域の海水試料をろ過し、ろ紙上に回収された試料の一部を撮影したものだ。今回の研究で観測した円石藻のブルーム海域では、植物プランクトン種のほぼすべてがEmiliania huxleyiで構成され、海水1リットル中200~500万個体存在していた。白いのは炭酸カルシウムの殻である。

画像2は、(a)の四角の枠で囲った海域が今回の研究の観測海域で、(b)がSeaWiFSによるベーリング海東部陸棚域で観測された円石藻ブルーム(2000年9月)。赤い領域がブルーム域で、白丸と青丸は堆積物を採取した観測点。青丸は、今回の研究で分析に用いた試料を採取した地点が示されている。

画像1。円石藻ブルームを構成する種Emiliania huxleyiの電子顕微鏡写真

画像2。(a)の四角枠が今回の研究の観測海域で、(b)がSeaWiFSによるベーリング海東部陸棚域で観測された円石藻ブルーム(赤がブルーム域)

円石藻は炭酸カルシウムの殻を持ち、亜熱帯域などの貧栄養で光環境の安定した(荒天などによる海洋表層の鉛直混合が起きにくい)海域に多く生息する植物プランクトンだ。栄養塩に富む荒天海域の代表であるベーリング海では、円石藻ブルームはこれまで報告されていなかった。

このため、ベーリング海が珪藻の海ではなくなってきているのではないかと多くの海洋生態系や水産に携わる研究者を驚かせ、将来の食物網に影響を及ぼすのではないかといった懸念を抱かせることとなり、その原因究明が喫緊の課題となっていたのである。

2006年、海洋地球研究船「みらい」の航海において、円石藻ブルームが観測されるベーリング海東部陸棚域の12地点で海底堆積物を採取。堆積物中に含まれる放射性同位体「210Pb」(鉛210)と「137Cs」(セシウム137)の鉛直分布を利用して、堆積構造に乱れのほとんどない6地点の堆積物を選び出した。

堆積物の年代を見積もった結果、この6地点の堆積物は最長で過去70年前まで遡ることができる試料であることが判明。この堆積物から円石藻が特異的に合成するバイオマーカー(有機化合物の長鎖不飽和アルキルケトン)を分析し、その濃度変化から、過去の円石藻のブルーム出現のタイミングを明らかにすることを試みた。同時に、この海域の優占種である珪藻の現存量にも変化があるかどうかの解析も行われた次第だ。

その結果、円石藻ブルームの出現は、1970年代後半に始まっており(画像3)、円石藻ブルーム出現のタイミングは、1976-77年に北太平洋中高緯度全域で生じた気候の急変動「レジームシフト」(この時期を境にベーリング海を含む北太平洋東部高緯度域は温暖になった)と大きく関わっている可能性が示唆された。

しかしながら、ベーリング海が温暖-寒冷になるメカニズムは、「北太平洋十年規模振動(PDO)」と密接に関係しており、1930-40年代にもベーリング海は温暖な環境だったことがわかっている。しかし、この時には円石藻ブルームは起きていないことが、バイオマーカー分析から明らかになった(画像3)。

また、ベーリング海北部域では、円石藻ブルームの出現が1990年代後半と、ごく最近の現象であることも判明(画像4)。これは、PDOに起因する自然変動が、ベーリング海の円石藻ブルーム出現を十分に満たす要因ではないことを示している。

画像3は、(A)が観測点1、(B)4、(C)6、(D)9、(E)11の堆積物に記録された円石藻バイオマーカー(長鎖不飽和アルキルケトン)の濃度変化(6測点中、ここでは5測点の結果を紹介)。グラフFは北太平洋十年規模振動を示すPDO indexだ。

PDO indexが正の時はベーリング海を含む北太平洋東部高緯度域は温暖で、負の時は寒冷気候になる。ベーリング海北部域(A、B、C)では、円石藻ブルームの出現が1990年代後半と、ごく最近生じているのが判明した。

画像4は、ベーリング海北部(A)と南部(B)の堆積物に記録された円石藻バイオマーカー含有量(黒丸)と珪藻の個体数(白丸)の変化。青いラインは、円石藻の生産率と珪藻の生産率の比。ベーリング海北部域では、珪藻の生産も年々増加している。

しかし、円石藻と珪藻の生産率の比が右肩上がりであることから、円石藻の生産率の増加が珪藻の生産率の増加を上回っていることが確認された。

画像3。(A)観測点1、(B)4、(C)6、(D)9、(E)11の堆積物に記録された円石藻バイオマーカー。グラフFは北太平洋十年規模振動を示すPDO index

画像4。ベーリング海北部(A)と南部(B)の堆積物に記録された円石藻バイオマーカー含有量(黒丸)と珪藻の個体数(白丸)の変化

このため、研究グループは、円石藻生息に関するデータとベーリング海に関する既存の研究との照合を実施。円石藻の成長を促す最適な条件である、海洋表層の安定した光環境や低塩化(低い栄養塩環境)が、現場海域にもたらされた結果であることを明らかにした。

具体的には、既存の研究で指摘されている近年の温暖化に伴うベーリング海の海氷域の減少が、この海域全体の光環境改善につながっている可能性がある。

また温暖化は、大気-海洋間の水循環を活発化させ、その結果、ベーリング海を含む亜寒帯域は低塩化の傾向にあることも既存研究から明らかとなってきた。

温暖化による表層の昇温や低塩化は表層付近の鉛直混合を妨げ、海洋深層から表層への栄養塩供給を弱化させることになり、結果、貧栄養環境で優占する円石藻のような群集がベーリング海でも活発に生息するようになってきた可能性がある。

近年、北極海の植物プランクトンのサイズが小型化しているという報告例はあるが、温暖化が低次生態系の優占種を変化させるまでの影響をもたらしたという報告は、ほかの海域でもほとんどなく、今回の成果がその可能性を示した初めての報告だという。

今回の研究による海底堆積物に記録された長期間にわたるバイオマーカー解析の結果は、海洋低次生態系群集への温暖化の影響を顕在化した世界に類を見ない解析・検証データであり、地球規模での環境変動をとらえる新たな手法として、さらなる進展が期待されている。

今後、温暖化によるベーリング海における低次生態系の変化が海洋環境変化とそれによる食物網を構成する生物応答のバロメータとしてとらえられ、今後の生物資源環境の変動予測に寄与することが期待されると研究グループはコメント。

また今回の成果は、日本も魚資源を得ている、世界的にも豊富な水産資源の宝庫として知られるベーリング海において、生態系の底辺をなす低次生態系群集が昨今の温暖化の影響によって変化していることを明らかにしたものであり、近い将来の生物資源環境の変動予測に寄与することが期待されるとしている。