理化学研究所(理研)は6月4日、免疫反応に不可欠な「B細胞」が血液幹細胞から分化する時、転写因子「Runx1(ランクス1)」が必須であることを発見し、「B細胞分化プログラム」の発動メカニズムを分子レベルで解明したと発表した。

成果は、理研免疫・アレルギー科学総合研究センター 免疫転写制御研究グループの谷内一郎グループディレクター、Seo Wooseok訪問研究員(日本学術振興会 外国人特別研究員)らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、米科学誌「The Journal of Experimental Medicine」に7月2日号に掲載されるに先立ち、日本時間6月4日付けでオンライン版に掲載された。

免疫系は、ウイルスなどの病原体やがん細胞といった異物を身体から排除し、ヒトの健康を維持する重要な高次生命機能で、大きく自然免疫系と獲得免疫系に分類される。

さらに獲得免疫系は、「キラーT細胞」という免疫細胞が直接異物を攻撃する細胞性免疫と、特定の異物(抗原)と結合して抗原を除去する分泌タンパク質(抗体)を中心とした液性免疫に分類することが可能だ。

抗体を産生する免疫細胞はB細胞と呼ばれ、骨髄にある血液幹細胞から分化する。B細胞の分化過程で異常が起きると抗体を作ることができないため、免疫不全の状態に陥り感染症にかかりやすくなってしまう。従って、B細胞の分化過程の解明は、医学・免疫学における重要な課題というわけだ。

これまで、細胞表面マーカーなどを使って、B細胞の分化過程が調べられてきた。しかし、根源的な問題である「血液幹細胞がどのようにしてB細胞へ分化する運命を与えられ、正しい道筋をたどるのか」という点は、いまだよくわかっていない。

ヒトの身体は総計約60兆個のさまざまな種類の体細胞で構成されており、それらはすべてゲノムという共通の遺伝情報を持っている。つまり、血液幹細胞もB細胞も同じ遺伝情報を持っている。従って、B細胞の分化過程を解明するには、必要な遺伝情報を取捨選択してB細胞への分化を制御している「B細胞分化プログラム」を解明することが非常に重要だ。

これまでB細胞分化プログラムは、3つの遺伝子「E2A」、「Ebf1」、「Pax5」が順番に活性化すると報告されてきた。一方、血液幹細胞の分化に必要であるRunx1転写因子は、B細胞の分化にも重要であることはわかっていたが、B細胞分化プログラムにおける具体的な役割は不明だったのである。

そこで研究グループは、Runx1転写因子などの遺伝子を欠損したノックアウトマウスを作製して、Runx1転写因子の機能解明に挑んだ。

研究グループは、血液幹細胞からB細胞に分化し始めたB細胞前駆細胞で、Runx1遺伝子を欠損したマウスを作製。それらのマウスを解析したところ、Runx1遺伝子を欠損すると骨髄中のB細胞前駆細胞の数が10%以下に減少し、その結果、脾臓(ひぞう)などのリンパ組織ではB細胞が消滅することが見出された。

また、Runx1転写因子が機能を発揮するには、「Cbfβ」という転写因子と複合体を形成する必要があるとされているが、このCbfβ遺伝子を欠損した場合にも、同様にB細胞の減少が確認された(画像1)。

これらにより、B細胞前駆細胞におけるRunx1/Cbfβ転写因子の複合体は、B細胞分化プログラムの発動に必要であるとわかったのである。

画像1は、B細胞前駆細胞の遺伝子欠損によるB細胞分化の障害を表したグラフだ。B細胞前駆細胞でのRunx1またはCbfβ遺伝子を破壊したマウスでは、骨髄中のB細胞前駆細胞の数が激減した(下)。さらに、Runx1遺伝子を欠損したマウスの脾臓では、B細胞を検出できないことから、B細胞の分化障害が起きていることがわかる。

画像1。B細胞前駆細胞の遺伝子欠損によるB細胞分化の障害を表したグラフ

次に、Runx1遺伝子の欠損がB細胞前駆細胞に具体的にどのような影響を及ぼすか調べたところ、E2A、Ebf1、Pax5というB細胞の分化に関わる3つの遺伝子の発現がすべて低下することが判明。

そこで、Runx1転写因子がこれら3つの遺伝子と実際に結合するのかどうか、「クロマチン免疫沈降法」で調べられた。その結果、Runx1は、E2AとPax5遺伝子には直接結合しないが、Ebf1遺伝子内にある遺伝子発現を調節するDNA領域に結合することが確認された。

さらに、この領域の「エピジェネティック修飾」をクロマチン免疫沈降法で調べると、Runx1遺伝子を欠損したB細胞前駆細胞では、遺伝子を不活性化するエピジェネティック修飾が多く起きていることが発見された。つまり、Runx1転写因子は、エピジェネティック修飾を変化させて、Ebf1遺伝子の発現を制御していたのである。

最後に、Runx1遺伝子を欠損したB細胞前駆細胞を取り出し、人為的にEbf1遺伝子の発現を過剰に回復させて培養すると、B細胞の分化が回復、数が倍増した(画像2)。つまり、Runx1転写因子は、Ebf1遺伝子発現を誘導することで、B細胞分化プログラムを発動する機能を担うことがわかった。

画像2。Runx1欠損B前駆細胞でEbf1を人為的に発現させた時のB細胞分化の様子

これまで、E2A、Ebf1、Pax5という3つの遺伝子が順番に活性化する、というB細胞分化プログラムが提唱されてきた。特に、E2AがEbf1遺伝子の活性化の中心とされてきたのである。しかし今回、遺伝子操作したマウスを用いた実験により、Runx1とE2AがEbf1の活性化に必要であることが判明した(画像3)。B細胞分化プログラムの発動メカニズムの一端が明らかになり、今後、B細胞分化を制御する薬剤の開発に貢献すると期待できる。

画像3。B細胞分化プログラムでのRunx1転写因子の役割