日本原子力研究開発機構(JAEA)は、「グラフェン」の大面積・層数制御成長法を開発したと発表した。

成果は、原子力機構先端基礎研究センターの圓谷志郎博士研究員、境誠司グループリーダーらの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、近日発行される米応用物理学会誌「Journal of Applied Physics」に掲載される予定だ。

半導体や金属を基盤材料とする従来のエレクトロニクスは、近い将来に微細加工プロセスに頼った発展が限界に至ることが予想されている。これに対するブレークスルーとしてグラフェンを新たな基盤材料として用いることが提唱されているところだ。

グラフェンは、グラファイト(黒鉛)を形成する原子1層の部分(炭素原子層)を単位として、炭素原子層が1層から数層の範囲で積層したシート状の物質である。炭素原子層の蜂の巣状のネットワーク構造に起因して、従来の半導体より著しく高いキャリア(電子・正孔)移動度を示すことや長い距離に渡って電子スピンの状態が保持される(散乱が生じ難い)ことなどから、高速に動作する電子デバイスや電子スピンを情報処理に用いる新技術「スピントロニクス」の優れた材料になることが期待されている物質だ。

なおスピントロニクスとはご存じの方も多いかと思うが、改めて説明すると、電子の持つ電荷に加えて電子の磁気的性質である「スピン」を利用して情報の伝達や処理を行う新しい電子技術のこと。従来のエレクトロニクスデバイスと比較して、高速動作や低消費電力化、高い機能集積度の実現が可能とされている。

そして最近になって、グラファイトの機械的な剥離によってグラフェン薄片を作る簡便な方法(2010年ノーベル物理学賞)が開発され、グラフェンの物性解明に大きな進展がもたらされた。

ただし、同方法で作製したグラフェンにはさまざまな層数のグラフェンが混在していることや電子の状態が同一層数のグラフェンシート内においても一様でないという問題があることも判明。

期待されるような優れた特性の発現や特性の人為的な制御が難しく、広い面積に渡って層数や電子の状態が均一なグラフェンを作製する技術の実現が大きな課題となっていたのである。

今回の研究では、超高真空中の触媒金属表面に原料分子を供給することで生じるグラフェンの成長過程を逐次的にモニターする手法を開発し、成長過程に応じた微視的構造の変化が調べられた。

その結果、原料分子の供給量など特定の成長条件においてシート全面に渡って炭素原子層の数が一様なグラフェンが得られること、さらにシート内の電子状態が従来にない均一なものになることを明らかにしたのである。

今回の研究では、触媒金属の単結晶薄膜「Ni(111)」を超高真空中で高温に保持し、炭化水素の原料分子のベンゼンを供給することで、触媒金属表面での化学反応によりグラフェンを「エピタキシャル成長」(単結晶の基板上において、基板の結晶方位に対して特定の優先方位関係で薄膜が成長すること)させた。

まず、原料分子の供給に伴う原子レベルの表面平坦性の変化を、試料表面からの電子線の鏡面反射強度の変化により検出。そして、原料分子の圧力を同観測に適した範囲に調整することで、グラフェンの成長過程(炭素原子層の成長初期には結晶核の形成により平坦性が低下し、その後、炭素原子層の成長と共に平坦性が高まる)を逐次的にモニターすることに成功したというわけだ(画像1・2)。

画像1。グラフェン成長過程の逐次モニタリング。資料表面に高速の電子線を入射し、グラフェン成長中の電子線の鏡面反射強度を検出する

画像2。左は、Ni(111)上に成長した単層グラフェンの電子線回折パターン。図の赤丸の部分は表面平坦性を反映する(鏡面反射)。右は鏡面反射強度の変化。グラフェンの成長に伴い、表面平坦性が変化している

さらに、成長したグラフェンをシリコンなどの基板上に大面積のシートとして転写し、炭素原子層の数などの微視的構造や電子状態(ドープ状態)のグラフェンシート内での分布が「顕微ラマン分光」を用いて調べられた。

ラマン分光とは、分子やナノ炭素内の原子の振動に起因する散乱光の分光分析のことをいう。グラフェンの場合、炭素原子層の数や電子状態(電子/正孔のドープ状態)など微視的構造に関する知見を得ることができる。顕微ラマン分光法とは、高倍率の顕微鏡と組み合わせて、サブミクロン程度の微小領域の構造や構造の試料上での分布を調べること手法のことだ。

これらの実験の結果、特定の成長条件で、炭素原子層数をシート全面に渡って一定にできること、さらに同条件ではシート内の電子状態の分布が均一になることが明らかになったのである(画像3)。

画像3は、左は大面積(数mm以上)の単層グラフェンのシートの一部を原子間力顕微鏡により観察したもので、シリコン基板上に転写したグラフェンの表面形状像だ。

右は、原子構造と電子上他を強く反映するそれぞれのラマンピーク位置のシート内での分布を表したグラフ。グラフの各点は、シリコン基板上に転写したグラフェンシート状の任意の点について顕微ラマン分光で観測したピーク位置を示している。分布の広がりは原子構造や電子状態の場所によるバラツキを表す(分布が広いほど不均一)。

グラフからは、ちょうど単層、2層のグラフェンが成長し終わる条件(ベンゼンの供給量:62ラングミュア(L)、1.1×105L)で電子状態の不均一せいが著しく抑制されることがわかる。ラングミュアは基盤表面へのガス分子の供給量を表す単位だ。

画像3。左は、シリコン基板上に転写したグラフェンの表面形状像。右は、原子構造と電子上他を強く反映するそれぞれのラマンピーク位置のシート内での分布

次世代のエレクトロニクスやスピントロニクスのデバイス開発には、新たな基盤材料の実用化が不可欠となっている。今回の成果が貢献する、卓越した電子およびスピンの輸送性を備えたグラフェンの応用は、これらの要請に応えるものだ。

研究グループは、今回の研究成果に対して、精密な層数制御と高均質化によりグラフェンの電気的性質の制御を可能にするものであり、グラフェンの次世代のエレクトロニクスやスピントロニクスへの応用に向けた重要な成果であるとした。

また、今回の成果を基にグラフェン中のスピン輸送過程の効率的制御など、スピントロニクスへの応用に向けた基礎研究に今後は取り組むとしている。