iPadの活用シーンと聞いてほとんどの人がまず思い描くのは、通勤電車に揺られながら電子書籍のページをめくったり、友人とレストランで談笑しながらお店や料理についてのコメントをSNSに投稿したりといった、個人の生活に密着したものかもしれない。

もちろん、そうした使い方が「王道」であることに変わりはないが、本誌の読者にはぜひビジネスシーンでもiPadの活用が本格化していることをぜひ知っておいていただきたい。

「そんなことはとっくに承知している」と言う人もいるだろう。しかし、「どの業種でどんな風にiPadが使われているか」という現状を語ることができる人は意外と少ないのではないだろうか。

かくいうテクニカルライターである私自身、さまざまな企業のIT担当者から、「iPadの導入を検討している」「一部で試験的に導入している」「業務で本格活用を開始した」といった話は聞くものの、iPadの導入で成果を上げている事例を体系立てて語ることができるかと問われればまったく自信がない。

こうしたなか、本書『iPadで現場を変える!―社員も顧客も喜ぶ業務革新[40事例]』(著者:斉藤徹・河原潤・高下義弘)は国内においてiPadがビジネスにどのように活用されており、どのような効果を発揮しているかについて、業界と目的、内容を俯瞰して理解できるようになっている。全体の約7割に及ぶページを割いて、国内での先進的な導入事例が担当者の声とともに紹介されているのである。そして、この事例紹介の前に、まずiPadがどこまでビジネスの現場で使えるデバイスであるのかについて、後にiPadの検討と導入、運用の各プロセスを通じて留意するポイントについて触れられている。

本書『iPadで現場を変える!―社員も顧客も喜ぶ業務革新[40事例]』(著者:斉藤徹・河原潤・高下義弘/ 日本経済新聞出版社)の表紙。表紙から、ビジネスにおけるiPadの用途が一瞥できる

とにもかくにも、本書の肝は豊富な事例にある。念密な取材に基づいた7つの先進事例は、飲食業からエンターテインメント産業、金融業、地方自治体、医療機関、教育機関と多種多様だ。なかでも目を引くのが、冒頭で紹介されているガリバーインターナショナルの事例である。中古車の買取と小売業を手がける同社では、なんと「1人1台iPad」を実現し、ほぼすべての業務領域で利用しているのだ。

ガリバーにおけるiPad活用の核はiPad上で動く5つのアプリケーションである。まず、中古車買取り業務用アプリでは、同社の営業担当者が訪問先の車のオーナーの自宅から査定業務が行えるようになっている。また、中古車小売業務支援アプリでは、中古車を購入しようとしている顧客が画像を見ながら選ぶことができる。これは顧客が自らiPadを手にして自由に使えるようになっているのだが、このような使い方こそiPadの直感的で洗練されたUIの賜物であると言えるだろう。

そのほか、顧客がその場で簡単に入力できるアンケートアプリ、顧客の車両データをはじめ、誕生日や家族の情報までも照会できる営業支援アプリ、動画を駆使したプレゼンテーションアプリが導入されている。また、これらのアプリを支えるサーバ側のシステムは、Amazon Web Serviceのクラウド上に構築されている。

このiPadを使った業務支援システムをガリバーインターナショナルが全社展開したのは2011年8月のこと。リリースされてからまだ日は浅いものの、社員はiPadを十分に使いこなしているようだ。とりわけ印象的なのが、「ここまで社員がIT機器に良い反応を示したことは、今まではありませんでした」という同社担当者による言葉である。

こうした高い評価には、同社が仕事現場の実状をきちんと把握し、それに合わせて適切なシステムを開発したのはもちろんのこと、そもそもiPadがコンシューマーとしての利用を想定して徹底的に作りこまれた製品であるという側面も大いに影響しているように思えてならない。

ガリバーのように突っ込んだ取材が行われている7つの事例に加え、本書にはiPadの導入事例が業種別に33個も紹介されている。ビジネスへのiPad利用を検討している方であれば、これらの中から自社に合った事例を見出して、ヒントを得られるだろう。

著者は、iPad導入を成功させるカギとして「目的を明確にすること」を訴えている。当たり前のことと思われるだろうが、巷で話題となっているiPadを「とりあえず導入しよう」という企業も多いそうだ。

確かに、変化の激しいビジネス環境で生き残り、さらには成長するには、iPadのような機動性の高いデバイスを使いこなすことは必須だろうが、やみくもに導入したのでは現場の混乱を招いてさらなる競争力の低下を招きかねないというのもまた事実だ。まずは、この新しいデバイスが自分たちのビジネスに何をもたらすのか、そして自分たちは何をしたいのか、それらをじっくりと、しかし迅速に考えて決断を下す必要がありそうだ。

iPadで現場を変える!―社員も顧客も喜ぶ業務革新[40事例]

斉藤 徹, 河原 潤, 高下 義弘 著
日本経済新聞出版社 発行
2011年12月27日 発売
21 x 15 x 2.6 cm
ISBN978-4532317577
出版社から: iPadはパソコンとは別の次元のツール。その使いやすさで現場業務に革命を起こしている。顧客プレゼン、営業支援、ペーパーレス化推進、救急医療支援、ワークスタイルの革新など多くの事例を紹介、iPadの魅力・可能性に迫る。