理化学研究所(理研)と農業生物資源研究所(農生研)は2月8日、玄米に含まれる代謝成分を解析して検出した759個の代謝物の内で、新たに131個の代謝物の同定に成功し、同時に代謝成分に影響を与える801個の遺伝子も同定したと共同で発表した。研究は理研植物科学研究センターメタボローム機能研究グループの斉藤和季グループディレクター、松田史生客員研究員らと農生研との共同研究グループによるもので、成果は英科学雑誌「The Plant Journal」に掲載された。

日本人の主食であるコメには、デンプンのほかにもさまざまな代謝成分が含まれている。その中でも栄養成分や抗酸化成分などの有用代謝成分は、ヒトの日々の健康にも役立っていると考えられている次第だ。

さまざまなイネの品種には遺伝子に多くの自然変異があり、それが原因で有用代謝成分を多く含む形質を持つものがある。そうした品種と食味の良い品種を交配すれば、有用代謝成分を多く含み、かつ食味が良いイネの新品種を作り出すことができるというわけだ。

しかし従来の品種改良法は、複数の品種を幾度も交配させ、目的の形質を持った品種を選び抜いていくため長期間を要することが難点だった。短期間で効率的に目的の品種を作り出すためには、有用代謝成分を多く合成する遺伝子がイネゲノム上のどこにコードされているのかを特定する必要があるからである。なお、イネゲノムとはイネのDNAに含まれる遺伝情報の全体のことで、日本を含む11の国・地域による国際協力体制で2004年に解読が完了した。

また、コメに含まれる代謝物の含有量は、遺伝的要因だけではなく、栽培時の気候や肥料条件などの環境的要因の影響も受けるのだが、その影響の大きさについてもよくわかっていない。

「量的形質」である代謝成分含有量は、複数の「量的形質座位(QTL)」に存在する遺伝子の変異が関与している。量的形質とは、人間の身長や木に実る果実数のように、量として示される形質のことだ。またQTLとは、量的形質に影響を与える染色体上の遺伝子の位置を指す。QTLの原因遺伝子が存在する領域を推定すること(遺伝子マッピング)をQTL解析と呼び、実験系統群が必要となる。

このQTLが存在するイネゲノム上の部位を解析するには、実験用に特別に作成された「イネ系統群」とその遺伝型のデータが必要だ。農業生物資源研究所では、これまで世界に先駆けてQTL解析のためのイネ実験系統群の作成、整備を行って多くの研究成果を挙げてきたが、今回はササニシキ/ハバタキ戻し交雑自殖系統群の玄米が解析に用いられた。この系統群はササニシキとハバタキのゲノムが混ざった85系統から構成される。また、85系統それぞれについて、ゲノム上の各場所がササニシキ型かハバタキ型かのデータがあり、この遺伝型のデータと、代謝成分含有量のデータを組み合わせることで量的形質と遺伝子の関連性がわかるというわけだ。

また、コメに含まれるさまざまな種類の代謝産物を一斉に定量するにはメタボローム分析と呼ばれる手法が必要である。メタボロームとは、ある植物組織に含まれる代謝物を含めた全小分子の総体を示す概念だ。代謝物には異なる物性を持つ多様なものが含まれており、1つの分析手法では一部の代謝物しか分析できない。理研植物科学研究センターでは4種の分析装置を組み合わせた世界で最も広範囲に代謝成分を分析できるメタボローム分析パイプラインを構築している。

そこで、今回は両者の強みを生かして玄米に含まれる代謝成分の分析と、それらに関連する遺伝子同定に向けてQTL解析に挑んだというわけだ。

研究グループは、QTL解析用のイネ実験系統群を2005年と2007年に2回栽培し、分析サンプルとなる生育環境の異なる玄米を得た。得られた総計170サンプルの玄米に含まれる代謝成分を、メタボローム分析パイプラインを用いて解析し、759個の代謝成分を検出。この内、新たに131個の代謝成分について化学構造の同定に成功し、玄米にはアミノ酸や糖、脂質、有機酸、「フラボノイド」などの多様な成分が含まれていることを明らかにしたのである(画像1)。

画像1。検出した玄米代謝成分。代謝物は簡略化した代謝マップ上に示している。広範な代謝成分を測定するために、得意とする代謝成分の異なる4種の質量分析装置(MS)で測定を行った。青:キャピラリー電気泳動-飛行時間型(TOF)-MS、黄:ガスクロマトグラフィ―TOF-MS、緑:液体クロマトグラフィ―イオントラップ-MS、赤:液体クロマトグラフィ―TOF-MS

次いで、2005年と2007年の栽培で得られたサンプル間での代謝成分含有量を比較し、各代謝成分が遺伝的、環境的要因のどちらの影響を受けているのか調べるためにそれぞれの「遺伝率」が見積もられた。遺伝率とは、環境要因と遺伝要因の割合のことで、遺伝率は0から1の値をとり、大きいほど遺伝要因から受ける影響が大きいことを示す。

比較の結果、「スクロース」などの糖の遺伝率は0.3以下と低く、「GABA」などのアミノ酸関連物質は0.4~0.6程度の遺伝率を示した。また、脂質や抗酸化機能を持つフラボノイドは0.8以上の高い遺伝率を示したのである。つまり、糖やアミノ酸などの含有量には栽培条件や気候などの環境的要因が強く影響しており、反対に脂質やフラボノイドは、遺伝的要因が強く影響していることを示唆しているというわけだ。

さらに研究グループは、759個の代謝成分含有量のデータを用いてQTL解析を行い、代謝成分含有量に影響を与える801個の遺伝子を同定することに成功(画像2)。この中には、有用代謝成分の含有量の増加に強く寄与しているものが見られたのである。

画像2。イネ代謝成分含量に関わるQTLのイネゲノム上の位置。検出した759個の代謝物(縦軸)について、QTLがイネの12本ある染色体のどこにあるかが、赤または青で示されている。赤は、遺伝型がササニシキ型になると代謝成分含量が増える領域で、反対に青は、ササニシキ型になると代謝成分含量が減る領域

これらの情報は、あらかじめ目的とする形質の原因遺伝子が存在する場所を特定し、遺伝マーカーを用いてその遺伝子を持つ系統を短期間で選抜するマーカー育種法に有効だ。

実際に、ハバタキというイネ品種は、ササニシキやコシヒカリなどの日本の栽培イネにはほとんど含まれない、抗酸化活性を持つ特有のフラボノイドが含まれている。今回の解析から、その原因遺伝子が6番染色体上に存在することを初めて明らかにし、イネゲノム配列情報と比較することで、その原因遺伝子を特定することに成功した。

さらに、ササニシキの6番染色体の該当領域をハバタキのものと置換した自然変異の系統「SL419」から収穫した玄米には、このフラボノイドが含まれていることを確認。(画像3)。この結果は、遺伝子組み換え技術を利用しなくても、イネゲノムの自然変異を利用した交配によって、有用代謝成分を強化した品種が育成可能であることを実証している。

画像3。イネ品種ハバタキ、ササニシキ、およびSL419におけるフラボノイド(アピゲニン-6,8- ジ-C-アルファ-L-アラビノシド)の蓄積量と、ゲノムの遺伝型。SL419は、ササニシキの6番染色体一部をハバタキのものに交換した自然変異の系統

研究グループは、今回の成果に対して、農業生物資源研究所が作成、整備したイネ実験系統群と理研植物科学研究センターが保有するメタボローム分析技術を組み合わせることで成果を出すことができたという点も大きいという。取得した代謝成分に関するQTLの情報は、日本が主導して解読したイネゲノム情報と併せて利用すれば、新たなイネの品種改良、育成へと活用できるとも述べている。そして、これからさらに研究が進めば、遺伝子組み換え技術を利用することなく、有用代謝成分を多く含む新品種の育種技術を短期間で開発することにつながることが期待できるとした。