京都大学の黒飛敬 化学研究所博士研究員(現 物質-細胞統合システム拠点 特定助教)、村田靖次郎 化学研究所教授の研究グループは、フラーレンC60の内部に1個の水分子を閉じ込め、その構造を解明したことを明らかにした。同成果は、米国の科学誌「Science」(電子版)で公開された。

水は化学的にはH2Oと表されるが、通常、H2Oは互いに強く結合した状態で存在し(H2O…HOH)、その結合は水素結合と呼ばれる。

水は「沸騰温度が高い」、「固体になりやすい(0℃で凍る)」、「氷になると体積が増える」、「酸やアルカリとして働く」、「物質を良く溶かす」、「油とは混じらない」など、他の物質には無い特徴的な性質が多くあります。そのすべてが水の水素結合による性質である。こうしたH2Oの集合体としての性質はよく知られているものの、水素結合をまったくもたない単分子としてのH2Oに関する研究はあまり例がなかった。

今回、研究グループでは、H2O単分子を中空のサッカーボール型の炭素クラスタ「フラーレンC60」の内部に閉じ込める方法を開発し、H2Oを内包したC60の構造を明らかにし、さらに、内部のH2Oと外側のC60の性質を調べた。

フラーレンC60の内部には、H2Oが存在するのに充分な大きさの空間があるが、C60それ自身は閉じた構造であるため、その内部にH2Oを挿入するためには、C60上に開口部を設ける必要がある。しかし、後で開口部を完全に修復することを考えると、大きな開口部形成は好ましくないため研究グループでは、加熱すると自発的に大きくなる「仕掛け」を施した開口部を形成した。これは、H2Oが挿入される時だけ開口部が大きくなり、H2Oが入った後は小さな開口部に戻るというもので、この仕掛けにより、H2Oを内部に挿入した後に、開口部を完全に修復することができるようになった。

水単分子を内包したフラーレン「H2O@C60」の合成経路

こうして得られた化合物「H2O@C60」の構造は、ポルフィリンでC60部分の回転を止めることにより単結晶X線構造解析で決定し、内部の水分子が水素結合をまったくもたない単分子であることが証明された。

2枚のポルフィリンに挟まれたH2O@C60の単結晶X線構造解析

中空のC60内部に分子を導入すると、(1)内包された分子が外界から完全に隔離され、新しい物性が現れることに加え、(2)内包された分子により、外側のフラーレン骨格の性質を変えることができる、ということが期待されており、同研究の結果、内包されたH2Oは電気化学的には安定であること(通常は、電気分解により、酸素分子と水素分子に分解してしまう)、またH2@C60ではダイポールをもつこと(中空のC60には無い性質)が判明した。

この新たに合成されたH2O単分子は、これまで知られていなかった水の性質を研究する格好の物質となるほか、H2O以外の小分子を内包させることに発展させると、通常の条件では扱いにくい気体分子を固体として取り扱うことができるようになるという。

一方、フラーレンC60は、有機太陽電池・電子材料・医薬品・化粧品などの応用研究が進められており、今回の成果を用いることで、C60の物理的性質を「分子の内側から制御する」手法を提供することから、そうした物性の性能向上につながる可能性があると研究グループでは指摘している。