自然科学研究機構 岡崎統合バイオサイエンスセンター(岡崎統合バイオ)・基礎生物学研究所(NIBB)の橋山一哉研究員、林良樹助教および小林悟教授は、ショウジョウバエを用いた研究により、生殖細胞のメス化の鍵を握る遺伝子を発見したことを発表した。同成果は、米国科学雑誌「Science」電子版に掲載された。

生物を構成する細胞は、個体を作る体細胞と、次世代に命をつなぐ生殖細胞に大きく分けられる。多くの動物において、体細胞にオスとメスの区別があるように、生殖細胞にも性の区別がある。例えば、オスの生殖細胞は精子を造り、メスの生殖細胞は卵に分化する。体細胞の性を決める遺伝子は、脊椎動物や昆虫のショウジョウバエなどにおいてすでに明らかとなっており、これら遺伝子は、どちらか一方の性の体細胞で働くことにより、体細胞の性の区別を生み出している。

一方、生殖細胞の性は、それを取り囲む体細胞の性に依存して決まるとされてきたが、体細胞の性を決める遺伝子の欠損などにより体細胞が性転換しても、生殖細胞の性は変化しない例が複数報告されてきており、これらの報告がこれまでの定説が違っていることを指摘していることから、同研究グループでは、ショウジョウバエを用いて、こうした生殖細胞の性の区別を生み出す鍵となる遺伝子の探索を行った。

卵の発生過程において、生殖細胞(始原生殖細胞)は、卵巣あるいは精巣となる生殖巣と呼ばれる組織と離れた場所に形成され、生殖巣へと移動した後に、卵あるいは精子に分化する。これまで、その始原生殖細胞が卵に分化するか、それとも精子に分化するかという性別は、体細胞で構成される生殖巣の性に依存すると考えられてきた。例えば、ショウジョウバエでは、オスの生殖巣に入った始原生殖細胞は、生殖巣からの「オスになれという指令(オス化シグナル)」を受けてオス化し、精子に分化する。一方、メスの生殖巣に入った始原生殖細胞は、このシグナルを受けることなく、メスとなり卵に分化すると考えられてきた。この考え方をもとにすると、生殖巣へと移動途中にある始原生殖細胞は、性の区別がないということになるが、研究グループは、この移動中の始原生殖細胞に性差があることを発見した。

具体的には、Sxlと呼ばれる遺伝子が、メスの始原生殖細胞のみで活性化されていたことを突き止めた。 メスの始原生殖細胞において、このSxl遺伝子の働きを抑制すると、その始原生殖細胞からは卵が作られなくなったほか、本来Sxl遺伝子を発現しないオス始原生殖細胞でSxl遺伝子を強制的に活性化し、メス個体の生殖巣に移植すると卵に分化することが判明した。Sxl遺伝子を強制的に活性化していないオス始原生殖細胞を、メス個体の生殖巣に移植しても、決して卵に分化しないことから、オス始原生殖細胞がSxl遺伝子の働きにより性転換しメスとなり、卵を作る能力を獲得したことが分かったという。

図1 今回の実験結果の概要

さらに、Sxl遺伝子により性転換したオス始原生殖細胞から作られた卵は、正常に精子と受精し、次世代を生み出すことも確認された。このことは、Sxl遺伝子により、始原生殖細胞のオスからメスへの完全な性転換が起きたことを示しており、これらの結果から、Sxl遺伝子が始原生殖細胞のメス化の鍵を握る遺伝子であると結論付けられたと研究グループでは説明している。

図2 生殖細胞における性決定機構のモデル。

上段:オスにおける始原生殖細胞の性決定。始原生殖細胞(黄丸)でSxl遺伝子が発現せず、生殖巣へと移動した後に、体細胞(緑)からのオス化シグナル(青矢印)により生殖細胞のオス化(青丸)が起こる
下段:メスにおける始原生殖細胞の性決定。始原生殖細胞でSxl遺伝子が発現し、始原生殖細胞のメス化(赤丸)が起こる

今回の研究により、生殖細胞の性は、これまでわかっていた生殖巣の体細胞からの影響とともに、生殖細胞自身が持つ性決定プログラムにより決定されることが初めて証明された。そのため、これにより、ショウジョウバエ以外の動物における生殖細胞の性決定の研究の新たな扉が開されたと研究グループでは説明しており、今後、Sxl遺伝子自身あるいはSxlのもとで働く遺伝子群を他の動物で探索することで、生殖細胞の性を決める機構が多くの動物で保存されているのかを明らかにしたり、生殖細胞の性を自由にコントロールすることも可能になるかもしれないとしている。