--マイクロソフトリサーチでは、研究者の研究成果をどのように評価しているのですか?

ホン マイクロソフトリサーチの研究者は、それぞれに自由にテーマを設定して取り組んでいます。ただ、研究成果は、非常に評価が難しい。すぐに成果が出る研究テーマであればいいが、3年、5年、あるいはそれ以上時間がかかることもある。だが、成果が出たことだけを単純に評価するだけでは、短期的な成果を求めるようになり、リスクを負うような研究を避けるようになる。

マイクロソフトリサーチでは、研究者に対してリスクを取り、大きな賭けをするような研究にも取り組むことを勧めている。それに対して評価する制度も持っている。だからこそ、おもしろくもあり、難しくもあり、チャレンジングでもあり、という環境が整う。研究者の評価をするのは難しい。失敗することを許容しなくてはならないからです。研究活動のすべてのプロジェクトが成功するというのは、裏を返せば、研究開発の体制としては失敗であるともいえます。つまり、リスクをとらない研究をしている証でもあり、長期的なアプローチがないともいえます。マイクロソフトリサーチアジアは、10年の歴史があります。その成果を見れば、現時点では、研究への取り組みや、それに伴う評価制度は、うまく回転しているといえます。

--研究成果の成功率はどのぐらいですか?

ホン 野球を例にすれば、打率のような評価だけではなく、塁打数、長打率といったような評価が必要だと感じています。例えば、シングルヒットであれば「×1」、ホームランの場合は「×4」。毎回ホームランは無理ですし、ヒットを重ねていくことも必要です。しかし、時間をかけて、大きなリターンを求めていということも必要です。ゲイツも、バルマーも、マイクロソフトリサーチにおいては、これまでかけた投資以上に大きなリターンを得られているといっています。これは約10年を振り返っての成果であり、研究のなかには、これからインパクトが出てくるものもある。技術は5年という時間でみたらあまり有用ではないが、10年で捉えたら有用であるというものも存在するでしょう。いずれにしろ、長期的視点で見て、マイクロソフトリサーチから創出された研究成果は極めて大きいものと自負しています。

--具体的な成果として、どんなものがあげられますか?

ホン マルチメディア技術や、オンラインサービスのMSNの技術もマイクロソフトリサーチアジアが開発したものです。なかでも、マイクロソフトリサーチアジアが貢献した大きな成果として2つあげてみましょう。

ひとつは、PPRCというもので、ソフト開発において、バグを大幅な削減できる検証技術です。これは、Windows7においても活用されているもので、この技術がなければ、ソフトの製品開発サイクルが10年は伸びていただろうといわれています。

もうひとつは、検索サービスであるBingの技術です。マイクロソフトは、検索サービス市場への参入は遅く、追いかける立場にある。Bingは、後発の検索エンジンである以上、基本的な機能に加えて、競合他社よりも良いもの、優れたものでなくてはならない。Bingの技術はサービス開始以来、評価が高く、わずか1か月でシェアが3%も向上した。ゲイツも、バルマーも、マイクロソフトリサーチアジアの存在がなければ、この市場に参入することすら難しかったといっています。これはマイクロソフトリサーチアジアの大きな成果だといえます。

--マイクロソフトリサーチで開発された研究成果は、どうやって製品に反映されるのですか?

ホン 最終的な意思決定は、各事業部門が下すことになります。マイクロソフトリサーチは、製品部門に対して、プッシュ型とプル型の2つの提案手法を持っています。プッシュ型は、マイクロソフトリサーチの研究者が、OfficeやWindowsといった製品部門、ビジネス部門を訪問し、説明するといったものです。ここでは、製品部門に対して、この技術はこういうシナリオで利用できないかといった提案をします。

一方、プル型は、製品部門が持っているシナリオに対して、こうした技術が欲しいという要望を出してもらい、それに向けて技術開発をしていくというものです。こうした会合は定期的に行われており、さらに年一回、「Tech Fes」の名称で、マイクロソフトリサーチのすべての研究者が集まり、製品部門に対して、プレゼンテーションする場を設けています。7月下旬にも、Windows部門と集まる機会があり、Windows7の次のバージョンに対するプレゼンテーションを行いました。このようにして、マイクロソフトリサーチの研究成果が製品に反映されることになります。

--マイクロソフトリサーチは、10年先を考えるチームですが、10年先を考えるコツというものはありますか?

ホン とにかく、物事を大きな視点で捉え、考えることですね。それと、このアイデアはいつか現実のものになるという、技術に対する熱意が必要です。先になにが起こるかはわかりません。だからこそ、おもしろいんですよ。

今後10年間のコンピューティングの将来