多くの中国企業の目から見れば、「雇い主の受難日」がいよいよ訪れた、ということになるのかもしれない。2008年1月1日、中国で新たに「労働契約法(以下、労契法)」が施行されたからである。具体的な実施細則はまだ公表されていないが、多くの企業経営者が、大敵が攻めてきたような圧力を感じている。しかし、新条項が求める圧力を回避するにせよ、法律に基づき管理を最適化して利潤を高めようと努力するにせよ、新法が中国のIT業界に大きな影響を及ぼすのは間違いない。

悲惨な労働現場の実態に政府が動く

2007年11月、中国の大手通信機器メーカーである華為技術で大規模なリストラがおこなわれた。勤続年数8年以上の従業員を軒並み解雇する大規模なものだっただけに、同リストラの後、IT企業や大学が集積する北京の中関村や上地に立地する一部の企業のオフィスには、いつもと違った空気が漂った。中国の人事部である人力資源部の人間とすれちがうたび、何を忙しくしているだろうか、私に何か伝えに来るのではないかと疑心暗鬼になる人もいた。特に古参社員ほど心配する気持ちが募ってくる。なぜなら、もはや大卒の若者ほど活力に溢れているわけではないからである。

企業側が並々ならぬエネルギーを注いで新法への対応策を協議していることからも、この法律が、今後の中国における企業経営のあり方に大きな変化を迫るものであることがうかがえよう。事実、例えば中国日本商会は、2007年夏以降、数度にわたり中国の法律専門家を招き、大規模なセミナーや部会ごとに詳細にわたる学習会を全国で開催している。

そもそも労契法が今回施行されるに至った社会的背景には、極めて非人道的な労働条件で酷使される中国国内の一部の労働者の惨状がある。とりわけ、山西省の石炭採掘現場で起きた悲惨な労働災害などが、中央政府の強い注意を呼び起こしたと言われている。労働者保護を強く打ち出す新法が、昨年4月29日の全国人民代表大会(全人代、日本の国会に相当)で承認されたのである。

まともな労働契約も結んでもらえず、使い捨ての労働力として扱われる労働者の地位を引き上げる、あるいは保全する、という趣旨に異議を唱える者はいないだろう。とくに順法意識が強い日系企業ではことさら問題にはなるまい。

第14条で「固定期間のない労働契約」の締結求める

だが新法のなかでも、第14条は企業経営者の注意を引く。同条は、「使用者と労働者が協議により合意に達すれば、固定期間のない労働契約を締結することができる。下記の状況のいずれかがあり、労働者が労働契約の更新、締結について提起または同意した場合は、労働者が固定期間のある労働契約の締結を提起する場合を除き、固定期間のない労働契約を締結しなければならない」とした。

その上で、固定期間のない労働契約を締結することを求める条件として、(1)連続して満10年勤務している場合、(2)使用者が、労働契約を初めて実施するか、または国有企業が制度改革により新たに労働契約を締結する時点で、労働者が当該使用者のもと、すでに連続して満10年勤務しており、かつ法定の退職年齢まで10年に満たない場合、(3)固定期間のある労働契約を連続して2回締結し、かつ、労働者に本法第39条ならびに第40条第1項、第2項の規定する条件がない場合※で、労働契約を更新する場合、が挙げられたのである。

※労働者に就業規則違反等がないとき

新法を細かくみれば、さまざまな改変があるのだが、最大の改変点と目されたのが、この「固定期間のない労働契約」の締結を企業側に迫る条項の存在だった。つまり、中国でも終身雇用制度が求められるようになる。全人代での承認後、この点が注意を引き、日本のマスコミも素早く反応した。