鉄道旅行の大きな魅力の1つに寝台特急がある。特に上野 - 札幌を結ぶブルートレイン「北斗星」は人気列車だ。その北斗星が誕生した頃から乗り続けて、21年の間に344回も乗車した人がいる。もちろん乗務員ではなく乗客として。さて、一体どんな人が、どんな理由で乗り続けているのだろうか。

「北斗星」を描く鈴木さんの作品

その答えは、北海道・札幌在住のイラストレーター、鈴木周作さん。20歳から東京のコンピュータソフト会社に勤務しつつ、22歳から独学で水彩色鉛筆画を習得し才能を開花。東京や札幌で作品を発表してきた。20代後半で書籍や雑誌などでも作品を発表し、29歳で画家として独立した。31歳の時より念願の北海道住まいとなったそうだ。それからも6年間にわたり、北斗星での毎月1~2往復の旅が続いている。

彼と「北斗星」との出会いは学生時代の旅行だった。しかし、北斗星に強く心を動かされたきっかけは、激務のシステムエンジニア時代だったという。残業続きでプライベートが全く無い生活が続いたある日、休日出勤が早めに終わって翌日も休みだった。そのとき、何か運命を感じて東京駅で「今夜の北斗星のロイヤル(A寝台個室)ありますか? 」と訊ねた。すると彼を待っていたかのように、1席だけ「ロイヤル」が空いていた。

お気に入りの場所は食堂車(鈴木さん撮影)。これは乗車日記の中から想い出の1枚。2008年11月28日発の下り「北斗星」の朝。東室蘭付近で、ミャンマーへ譲渡の為川崎埠頭に送られる「北斗星」客車との一瞬の出会い

「一晩で別世界に行けるんだ」という驚きと、「どんなに忙しくても、たった1日の休みで旅に出られる」という発見。忙しさの中で忘れていた何かを、彼はそこで取り戻した。ここから鈴木さんと北斗星の本格的な旅が始まる。「金曜の夜、会社帰りに夜行に飛び乗って、月曜の朝は夜行を降りてそのまま出勤」という旅を、毎月毎週のように繰り返すようになっていく。そしてついに画家に転職。北海道へ特別な思いを抱き、ついに北斗星の巣、札幌に移住して今日に至った。すると今度は画家としての打ち合わせ、取材、出張の足として北斗星が欠かせなくなる。

「たとえメールで済む話でも、可能であれば取材や用事を組み合わせて出かけていきます。依頼に応えるだけではなく、いろいろな方にお会いしたり取材したりすることで、創作のための心の引き出しを増やしたい」。

いつまでもずっと北斗星を描き続けたい

鈴木さんの作品には、北斗星を主題にしたものも多い。彼にとって北斗星は取材対象であり、動くアトリエともなっている。つまり、北斗星はライフワークなのだ。東京への旅はB寝台に乗れる「札幌・東京フリーきっぷ」、東北地方の取材へは「みちのくフリーきっぷ」と、お得なきっぷを使いこなしている。もちろん、乗務員や食堂車のスタッフとも顔なじみ。「絵のお客さん」として覚えられているそうだ。鈴木さんも「ハンバーグステーキの焼き方、カレーライスの盛り付け方で、誰の仕事かわかる」という。鈴木さんのブログには、そんなスタッフとの心温まるエピソードも綴られている。

北斗星は移動手段、取材対象、そして仕事場でもある(鈴木さん撮影)

そんな鈴木さん、私からすると"意外にも"だが、「乗車回数を増やしたい、記録を伸ばしたい」という気持ちはないという。「乗るたびに違う発見のある北斗星を描き続けたい、見届けたい」という強い愛情だけがある。鈴木さんにとって北斗星は「当然のようにそこにあるもの」かもしれない。

そんな鈴木さんに、あえて最も印象深い旅を挙げていただいた。それは300回目の節目ではなく、その次、301回目の乗車だという。2008年4月19日。ダイヤ改正で北斗星が2往復から1往復に減便された直後だ。愛用していた「北斗星1号」が無くなった。その喪失感は大きかった。しかし、残った1往復の北斗星に乗ってみると、むしろ乗車率が上がり、走り出した当時の賑わいを取り戻していた。

「『あぁ、まだまだ北斗星は健在なんだ! 』と、涙が出そうなほど嬉しく感じました」

鈴木さんは現在、週刊朝日百科「歴史でめぐる鉄道全路線」で挿絵を連載するほか、北海道の季刊誌「northern style スロウ」で、「さっぽろ市電日記」というイラストエッセイの連載を続けている。また、JR北海道のオレンジカードなど、鉄道に縁のある仕事も多数。イラスト教室の講師も担当しており、その教室の窓辺に北斗星が通り過ぎていく。毎年の展覧会や個展の準備も欠かさない。そんな鈴木さんの公式サイトには、透明感のなかにも温かなタッチの作品が数多く紹介されている。そして、1回目から最新までの北斗星の旅が、やさしさに溢れる文章で綴られている。深夜の青森駅構内で、北海道方面の寝台特急が一同にそろう場面、食堂車の内装の変化など、鉄道ファンでもなかなか気づかない貴重な写真も多数。ぜひ、ゆっくりとご覧いただきたい。

イラストはすべて鈴木周作さんの作品から許可を得て掲載しました