「昭和の旅」がテーマの当連載ですが、その昭和のほぼ最後、1988(昭和63)年に完成したものといえば……、そうです、青函トンネルと瀬戸大橋です。今年はともに開通25周年。瀬戸大橋のほうは、これを記念した各種イベントも行われたようです。

瀬戸大橋は今年、開通25周年を迎えた

瀬戸大橋は本州と四国を結ぶ初めての連絡橋として開通しました。その後、明石海峡大橋から淡路島を経て大鳴門橋で徳島へ渡るルートと、瀬戸内しまなみ海道で尾道から今治へ渡るルートが完成し、現在は3つのルートが形成されています。

しかし瀬戸大橋が完成するまで、本州から四国へ渡るには船に乗らなくてはなりませんでした。その頃の瀬戸内海は、連絡船やフェリーのパラダイス。さまざまな航路があり、栄えていたそうです。国鉄の路線の一部として、宇野と高松を結ぶ宇高連絡船が運航されていたことは、よくご存知でしょう。

ホーバークラフトに憧れて…

この宇高連絡船の「急行」として、かつて「ホーバークラフト」という乗り物が就航していました。水陸両用で、船体の下に「スカート」と呼ばれる風船のようなものが付いていて、中に空気を送り込んで浮上航行するのです。船のような車のような、あるいは航空機のような、不思議な乗り物でした。

小学1年生の頃、テレビでホーバークラフトを見た筆者は、その未来的なフォルムに一瞬で恋をしてしまいました。陸も海も関係なく、水煙を上げながらものすごい勢いで走り回る姿は、問答無用でかっこよかったのです。

「いつかあれに乗ってみたい」「とにかくホンモノを見てみたい」。そんな筆者の様子を日頃から見ていた祖母が、ある日、四国への日帰り旅行を提案。憧れのホーバークラフトに乗るため、高松まで連れて行ってくれることになったのです。

その日は朝早くから、いそいそとお出かけです。国鉄の電車で新大阪駅まで出て、1年ほど前に開通したばかりの山陽新幹線に乗り、岡山へ。普段、めったに乗らない新幹線、それも開通のニュース映像もまだ記憶に新しい山陽新幹線です。東海道新幹線と車両は同じですが、なんとなく特別な感じがして、この時点ですでにテンションはMAX! 「うわあ、新幹線で武庫川渡ってるぅ~!」と喜んでいたら、いきなり長い長いトンネルに入りました。その後も延々と続くトンネルのラッシュに、「はぁ…、山陽新幹線って景色がないな」と、やや冷静になってしまう筆者でありました。

終点の岡山駅で新幹線を降り、宇野線の電車に乗り換えます。すでに電化され、電車のほかに寝台特急「瀬戸」も走る路線でしたが、朝早くから出て、新幹線で興奮しまくったからか、この電車の中での記憶がありません。ほぼ寝ていたのだと思います。山陽新幹線・ホーバークラフトという、「2大巨大イベント」の谷間の平凡な電車ということで、つい気が緩んだのでしょう。宇野線には失礼なことをしてしまいました。

宇野~高松間が23分! 船内で未来を体感した

宇野駅のホームの端からつながった船着き場に行くと、憧れのホーバークラフトが。どこから見ても、どの角度で見ても、完璧なかっこよさ。夢のような気分で乗り込みます。

ホーバークラフト(写真左)と水中翼船(同右)。なお、写真はともに筆者が乗ったものとは異なる

船内は広くなく、定員は50人ほどでした。一番前の座席に陣取り、窓から海を眺めていると、いきなりエンジン音が大きくなって、ふっと船体が持ち上がりました。岸から離れると、水煙を立てて、ものすごい勢いで走り出します。普通の船のように波に叩かれる感じはなく、とにかく不思議な乗り心地です。ただ、航行中は少し船首が上がることもあり、外の景色はあまり見えませんでした。まだまだ座高の低い子供だったというのもその理由かも知れませんが。とにかく、船内で未来を体感でき、充実した23分間でした。

ホーバークラフトは高松に到着。この日の目的はすべて達成できました。そして気付きます。「えらい遠くへ来てしまったな……」と。

帰りは高松から水中翼船に乗りました。ジェットフォイルの先祖のような船で、ウォータージェットではなく、長い軸の先に着いたスクリューで浮上航行します。これまた子供心に「かっこいい!」と思える船でした。時速60kmで航行し、約2時間で神戸に到着です。

宇高連絡船がなくなり、四国は「もはや島ではなくなった」

明確な目的地もなく、単にホーバークラフトに乗るための日帰り旅行でした。いま思えば、すごくぜいたくなことをしていたものです。子供って得ですね(笑)。

この魅力的だったホーバークラフトも、瀬戸大橋が開通すると同時に引退してしまいました。「最後にもう一度乗りたい」とも思いましたが、その頃の筆者は社会人になりたて。残念ながら、時間的にも経済的にも都合がつきませんでした。大人って損ですね……。

いまや四国は「陸路で行ける場所」になりました。「もはや島ではなくなった」と言っても過言ではないかもしれません。電車で、あるいは車で、海峡を眺めながら連絡橋を渡っていく旅もまた、それなりに旅情があって良いものです。でもやっぱり、島へ行くからには、船で「上陸」したい気持ちもあります。

「電車や車で渡っても、船で渡っても、着く場所は同じじゃないか」と言われれば、それは絶対に正しいのですが、「旅」は気分が重要なのですね。気分というのは具体的な数値で計れるものではなく、乗換えの回数が減って便利になっても、目的地までの所要時間が短縮されても、やっぱりちょっと寂しい気分で昔の思い出に浸ってしまうのです。