6.波形演算(MATH)

デジタル・オシロスコープはデジタル化した波形数値データを扱いますので、波形を足し算したり、引算、掛算したりすることだけではなく、微分したり、積分したり、FFT(Fast Fourier Transform:高速フーリエ変換)をかけたりすることを簡単にやってのけます(こうして創られた波形をMATH波形と呼びます)。ごく一部の機能はアナログ・オシロスコープにもありましたが、このような「波形演算(MATH)」と呼ばれる機能は、デジタル・オシロスコープにおいて大いに発達した機能です。この機能により、観測し測定する力に加え、解析する力を得たオシロスコープは、さらに広くさまざまな用途に使われるようになりました。例えば、掛算により電力測定、引算により差動測定、FFTにより高調波測定、演算式により自在な演算を行うことができます。

(1) 掛算による電力測定

スイッチング電源において、トランスなどの部品の小型化が望めますのでスイッチング周波数を高くすることが望まれます。しかし、電流・電圧の立上り/立下り時間の区間に下図のようなスイッチング損失が生じますので、周波数が上がると損失が増加し、スイッチング電源の効率悪化を招きます。

電流・電圧の立上り/立下り時間の区間ではスイッチング損失が生じる

それではと、立上り/立下り時間を早めると、今度は高調波ノイズが増加します。これらの要素が絡み合うスイッチング電源においては、スイッチング損失を実際に測定することが必要です。スイッチング損失はスイッチング時の電力波形を測定することにより、測ることができます。ただ、電力波形は実回路上に存在しません。存在するのはスイッチング素子に加わる電圧波形と、そこを流れる電流波形です。そこで2つのチャネルで電圧波形と電流波形を取り込み、波形演算機能の掛算が使われます。電圧と電流を掛ければ電力ですので、電圧波形と電流波形を掛算し電力波形を作ります。電力波形により、平均電力や瞬時電力がすぐに分かります。

(2) 引算による差動測定(フローティング測定)

ある電位を持つB点を基準にして、別電位を持つA点を測定することをフローティング測定といいます。A点とB点との間の波形を見るため、B点にプローブのワニ口グランドをつなぐと、信号源2はショートされます(下図)。プローブのワニ口グランドは、電源ケーブルのGND端子を通して対地アースに接続されているからです。

A点とB点との間の波形を見るため、B点にプローブのワニ口グランドをつなぐと、信号源2はショートされる

電源ケーブルのGND端子をアースに接続しないという危険な方法を用いなくても、安全に行う手法があります。それが波形演算の引算を使う手法です。プローブ2本をA点とB点につなぎ、引算(CH1-CH2)を行えば、A点とB点との間の波形をオシロスコープに表示させることができます。

プローブ2本をA点とB点につなぎ、引算を行えば、2点の波形を表示させることができる

(3) FFTによる高調波解析

複雑な波形も周期性があるなら、基本波とその整数倍の正弦波・余弦波の和として表現できるというフーリエ変換処理を行い、波形演算機能のFFTは、時間領域の波形を周波数領域表現に変換できます。FFTは、時間領域波形を、含まれる周波数に分解し、各周波数の大きさを表現しますので、どの周波数成分がどれだけ含まれているかを知ることができます。これにより時間領域表現では決して分からない、波形の性質が見えてきます。例えば、時間領域表現では歪みのないサイン波に見えても、周波数領域表現で見ると高調波成分が見え、歪んでいることが分かります。

FFTは、時間領域波形を、含まれる周波数に分解し、各周波数の大きさを表す

(4) 演算式による自在な演算

単純な四則演算のみならず、複雑な計算式を用いて波形を創ることもできます。不等号や論理演算子などの数学記号が使え、logや微分、積分などの関数も使えます。加えて、計算式の要素として、実波形データ、保存した波形データ、自動測定したパラメータ、任意の固定値を自在に組み合わせることができます。

微分(CH1)
CH1 + 実効値(CH2) CH1 + 1 volt

複雑な計算式を用いて波形を創ることも可能

演算式のTrendを使えば、パラメータ自動測定の値が画面内においてどのように計時変化しているかを見ることもできます。

Trendを使うことで、パラメータの計時変化を見ることが可能となる

著者
稲垣 正一郎(いながき・しょういちろう)
日本テクトロニクス テクニカルサポートセンター センター長