前回では、カメラは今後センシングデバイスへと変化していくというトレンドと背景を解説し、それにより2次元情報に+αの情報を付加することができるとお伝えした。そして、センシングデバイスの1つである三次元センサで最も注目を浴びているToF(Time of Flight)技術の原理について解説したが、今回はそのToF技術の応用を紹介するとともに、そこに備わる課題についても紹介する。

ToF技術が早い段階から利用され始めたのが、エレベータや自動ドアの世界である。通常であれば赤外線センサで人が近付いてきたことを検知するのであるが、検出できる情報はいたってシンプルである。これをToF技術に変更すると3次元の情報が得られるため、例えば正面から人が歩いてきたらドアを開けるが、横方向から歩いてきてドアのそばを通過するだけであればドアを開けないといったことが可能となる。もしくは、人が走ってドアに近づいてくるのか、人がゆっくり歩いて近づいてくるのかで、ドアの開閉スピードをコントロールすることが可能となる。また、自動回転ドアは欧州を中心によく導入されているが、そこでも1つのドアに入れる最大人数が決められていて、その人数をカウントするのにもToFセンサが使われている。

自動ドアにおけるToF技術の活用イメージ (出典:リンクス)

次にToF技術が普及したアプリケーションとして、電車の駅のホームドアである。転落防止の目的で駅のホームにドアが設置されるようになったが、もし何かがホームに転落した場合、それを検知するのに赤外線センサだけでは不十分であるという考え方がある。赤外線センサで何らかの物体が線路に落下したと検知できたとしても、それがボールなのか人体なのかといった判別は赤外線センサでは不可能である。そこでToFセンサを用いると、落下した物体の形状や容量を計測することができるため、そこから危険レベルを判断することが可能となる。

駅のホームドアにおけるToF技術の活用イメージ (出典:リンクス)

酪農の分野では、牛の搾乳機を乳房の位置に自動的に設置するアプリケーションも存在する。定時になると牛は搾乳装置の中に自ら入り、下からToFセンサを搭載した搾乳機がスライドしてきて、乳房の位置を正確に検出した後搾乳機を取り付けるのである。

これらの内容はすでにToF技術が実アプリケーションで活用されているものであるが、今後はより広範囲に応用が期待される。そのいくつかをご紹介したい。

物流業界で注目されているのがラストワンマイルと呼ばれる配送サービスである。今はドライバーが荷物や商品をもって配送しているが、これが自動配送ロボットに置き換わる可能性を秘めている。自動車が公道を自動運転で走る時代である、配送ロボットが自動走行する時代が来てもおかしくないのではないか。誰もがスマートフォンなどモバイルデバイスを持っている時代である、配送ロボットが家の近くに到着したらモバイルデバイスに連絡をして自ら取り出してもらえばいいのではないか。また、配送ロボットは宅配物だけではない、ピザや蕎麦といった出前の全般に応用が可能である。配送ロボットは屋外だけではない、ホテルの中でタオルや歯ブラシを届けるロボットに応用されるケースが多くみられる。これらの自動配送ロボットに共通して必要なのは、障害物を避けるために三次元センサが求められ、ToF技術はその中でも有力なセンサと位置付けられている。

エストニアStarship Technologiesのデリバリーロボット (出所:Starship Technologies Webサイト)

米Saviokeのサービスロボット (出所:Savioke Webサイト)

物流センターの自動化は凄まじい勢いで進んでいることは、Amazon Roboticsの事例を見ると明らかであろう。この物流ロボットの衝突回避のためのセンサとしては、これまで1点の光学距離センサを360度回転させる方式が広く使われてきた。しかし、このセンサ方式では高さ側の情報が得られたないために、頭上の障害物を回避することができない。そのため、ToF技術を用いてより広範囲の三次元情報を取得する動きがみられるようになってきている。

Amazon Robotics(旧Kiva Systems)の自動フォークリフト (出所:Amazon)

このように、ToF技術による三次元センサは今後もさまざまな用途に適応できることが理解できるであろう。しかし、乗り越えなければならない課題もいくつか存在する。もっとも大きな課題は、太陽光に邪魔されないことである。ToF技術は自ら発する光の応答時間を用いて三次元情報を取得するが、その光と太陽光を見分けなくてはならない。太陽光は10万ルクスという大きなパワーを持っているため、それに打ち勝つだけの仕掛けが必要となる。解決の方法としては、自ら発する照明のパワーを上げるとともに、センサの飽和容量を上げるという手段が必要となる。ToFセンサを開発・製造するEspros社(スイス)は、太陽光の下でも利用できる極めて高い飽和容量をもったToFセンサの開発に成功した。また、最近では表面実装型のVCSELと呼ばれる強力な照明が安価に手に入るようになったため、これらを組み合わせることで外乱光に負けない安定したToFセンサの構築が可能になってきている。

ToF技術は、それが完全に実現したときのインパクトが、自動車、ドローン、配送ロボットなどの自動走行の分野からも見られるようにあまりにも膨大なため、多くの企業が盛んに研究投資を行っている。これからもToF技術は、ToFセンサの飽和容量が向上し、照明のパワーが向上し、それに加えてディープラーニングなどのソフト技術が向上すれば、我々の身近な世界で欠かせないセンサの1つになることは間違いないと考える。2次元のカメラだけでは実現できなかった世界が、3次元のカメラによって大きく確信する時代はもう目の前にまで来ている。

著者紹介

村上慶(むらかみ けい)/株式会社リンクス 代表取締役

1996年4月、筑波大学入学後、在学中の1999年4月、オーストラリアのウロンゴン(Wollongong)大学に留学、工学部にてコンピュータ・サイエンスを学ぶ。2001年3月、筑波大学第三学群工学システム学類を卒業後、同年4月、株式会社リンクスに入社。主に自動車、航空宇宙の分野における高速フィードバック制御の開発支援ツールであるdSPACE(ディースペース、ドイツ)社製品の国内普及に従事し、国内の主要製品となる。2003年、同社取締役、2005年7月、同社代表取締役に就任。

同社代表取締役に就任後は、画像処理ソフトウエアHALCON(ハルコン、ドイツ)を国内シェアトップに成長させ、産業用カメラの世界的なリーディングカンパニーであるBasler(バスラ―、ドイツ)社と日本国内における総代理店契約を締結するなど、高度な技術レベルと高品質なサービスをバックボーンとした技術商社として確固たる地位を築く。次のビジネスの柱として2012年7月にエンベデッドシステム事業部を発足し、3S-SmartSoftware Solutions(スリーエス・スマート・ソフトウェア・ソリューションズ、ドイツ) 社の国内総代理店となる。