動物用医薬品メーカーとして急成長を続けているフジタ製薬は、積極的なIT投資に裏打ちされた業務効率化を経営戦略の柱と位置付けている。売上高は1996年の約20億円から2012年には52億円と2.6倍に増加させたにもかかわらず、社員数はこの10数年間ほぼ一定だ(105名、2012年時点)。売上増に伴って増大する間接業務をITシステムによって自動化・効率化し、さらに営業支援システムを整備することで、人的投資を抑えたまま順調な業績拡大を続けているのだ。
同社が基幹システム構築に着手したのは1977年、オフコンによる基幹システムを構築して経理・販売・製造・購買・在庫といったデータ管理をコンピュータ化した。その後、「Lotus Notes」導入を機に社内業務のペーパーレス化を実施。紙の申請書や回覧を全廃して、申請業務のワークフローシステムを構築した。
2000年にはインターネットを活用した代理店向け発注システムも導入。経費精算や勤怠についても「Lotus Notes クライアント」から入力したデータを勘定系システムに取り込むシステム連携を構築した。こうしたIT投資によって間接部門における人員抑制に大きな成果を挙げた同社は現在、タブレット端末導入による一層の生産性向上に取り組んでいる。
ノートパソコンに依存した営業スタイルから脱却
畜産・酪農農家や動物病院に対して、代理店を通して自社製品を販売するのが同社の営業スタイルで、全国に張り巡らされたセールスネットワークをわずか25名の営業担当者がカバーしている。
「普段は自宅をベースに顧客先(代理店)へ直行直帰しています。ホテルに連泊して広いエリアを回ることも日常的に発生します。会社には3カ月に1度しか顔を出しません」と語るのは、営業部 第四課 中尾淳氏。
同社は以前、ノートパソコンとデータカードを営業担当者に渡していたが、ホテルでもインターネット接続が当たり前になり、業務用に携帯電話も配付しているので、通信費削減の目的でデータカードは廃止した。その結果、移動中や顧客先でノートパソコンから社内システムには接続できなくなった。
「社内システムにログインするには、仕事が終わってホテルや自宅に戻ってからパソコンを起動し、ネットワークに接続する必要がありました。社内メールの確認、日報作成、経費精算、売上データの確認、上長への値引き申請といった業務をやり始めると、毎日確実に1.5~2時間は取られていました」(中尾氏)
日報やSFA入力などは、時間とともに記憶が薄れていく。1日数件の顧客訪問をこなした後では、どこでどんな会話をしたかを思い出すのに、かなりの時間を取られるという。こうした夜間の非効率な事務処理を改善するため、さらに日中の時間活用を高めるために、外出先から社内ネットワークにアクセスできる環境整備が急務となった。
モバイル端末の企業利用も始まり、社内で利用していた「Lotus Notes」システムもモバイル端末に対応した2011年ごろに、同社はタブレット端末の導入検討に入った。
「タブレット端末に期待したことは、『必要な情報をすぐに取り出せる環境』を作ることでした。日中の隙間時間を利用して日報やSFAなどの業務を済ませるのはもちろん、お客さまに効果的なプレゼンテーションをしたり、製品の在庫状況などをリアルタイムで回答するといった顧客サービス向上、必要な情報に素早くアクセスすることによる生産性の向上などです」と管理本部 管理部長 兼 システム担当部長 佐々木健治氏は語る。
比較検討したモバイル端末は、iPadとAndroidタブレットだったが、最終的に選択したのはiPad。その理由を佐々木氏は次のように語る。
「パソコンを前提に構築してきた社内ネットワークを維持したまま使うことができたのはiPadだけでした。AndroidタブレットはシスコシステムズのVPNクライアント(IPsec)に対応していなかったのです。また『Lotus Notes』には両者とも接続可能でしたが、Androidタブレットではメールやスケジュール連携を可能にする専用アプリが必要だったのに対して、iPadはExchange連携を設定するだけで標準のメーラーやカレンダー、連絡先を同期できました。iPadは社内システムとの相性がとても良かったので、ほかの選択肢は考えられませんでした」(佐々木氏)
iPad活用によって新しいワークスタイルが実現
全営業担当者を中心に30台のiPadを配付したのは2011年7月のこと。導入当初、顕著に表れた業務改善効果は、社内システムにいつどこからでもアクセスできる通信環境がもたらした。
「以前は移動中や待ち時間などを活用できていなかったのですが、iPadを持つようになると空き時間を利用して日報や申請業務を処理できるようになり、夜間に費やしていた1.5~2時間の事務処理時間が解消されました。その圧縮分は、翌日の営業活動の準備に割り当てられます。また家族と過ごす時間も増えたので、日々の生活の幸せ度が20%くらいアップしました」(中尾氏)
iPadの導入に伴い、社内に散在していた営業用資料を再編成して、営業視点で使いやすくする取り組みも実施した。
「営業担当者は自分の売りたい製品ごとに、関連するさまざまな情報を利用したいという要望を持っているのですが、以前は情報の保管場所が分散して見つけにくいという課題がありました。そこで情報の保管場所を統一して、ある製品をiPadで開くと『製品情報管理文書』からブレイクダウンして関連製品の情報が表示される仕組みを構築したのです」(佐々木氏)
こうして利用しやすくなった資料を使ったプレゼンテーションの質向上もiPadの導入効果だという。特にエンドユーザーに当たる動物病院へ代理店担当者と同行した際など、薬を使用する手順をiPadで説明すると、口頭やパンフレットで説明しても伝わりにくかった部分でも、理解が進むようになった。また、在庫状況や受発注の進捗などもiPadから参照可能になっている。
「注文や出荷がリアルタイムでiPadから見えることのメリットは、お客さまからのご質問にその場で返答できること。以前ならそうした情報を知るには、社内の担当部署に電話で尋ねていたのですが、相手も自分の業務で忙しいのは分かっているので、なかなか電話しにくいものです。『いま調べるけど、返答は昼ごろでいいかな』といったやり取りをすることなく、リアルタイムに出庫状況などをお知らせできるのは、お客さまにとってもメリットになります」(中尾氏)
こうした顧客対応のスピード化と同時に、内勤者にとっても営業担当者からの問い合せ電話が減ることによる業務の効率化につながっているという。
「現在の在庫と次の製造期日を同時に表示できる仕様にしています。いま在庫切れでも、次にいつ頃出荷できるかをリアルタイムにお伝えできるのは、営業担当者にとってメリットになっています。『在庫切れで売れません』と答えるのと、『○月中ごろには出荷可能となるので契約をください』と切り返せるのでは大違いですから」(佐々木氏)
以下は、フジタ製薬のiPad活用シーンを紹介する動画だ。
BIツールの導入で、iPadを使った営業力を強化
iPadを配付した約半年後の2011年11月、社内の基幹システムデータをグラフ化して顧客に見せる目的で、iPad対応のBIツール「Yellowfin」を導入した。営業担当者自身がレポートを作成できるように、直感的に操作できる製品を選んだという。
特定の代理店に関する販売データだけでなく、その代理店にひもづくエンドユーザーごとの販売データまでブレイクダウンして、販売実績や売上増分などで並べ替えできる。そのメリットを中尾氏は次のように語る。
「エンドユーザー様ごとに売上の昨対比を一覧でお見せして、『この商品は昨年に対して大幅に売上を落としていますが、なにが起こっているのですか』と鋭く突っ込めるので、代理店さまから恐れられているかもしれません(笑)。また、ある製品から別の製品へ話題が飛んでも、すぐにiPad上でデータを開けるので会話の展開に柔軟性が生まれます。1つの話題に終わらず、2つ、3つの話題につなげていける点がBIツールの便利なところ。地域や季節、エンドユーザーさまごとの売れ筋トレンドに気づきやすくなったのもBIツール導入による効果です」(中尾氏)
営業担当者にパソコン廃止令
iPad導入によるワークスタイル変革の新たなチャレンジとして、2012年10月より営業担当者のパソコンを廃止する取り組みが始まった。「営業の事務作業を軽減し、お客さまとの対面営業に専念できる環境を構築すべし」という経営側からの要請である。改革のスピードを上げるために、iPadから通常業務を完遂できる社内システムが構築できるとすぐにパソコンを廃止した。
しかし、佐々木氏は「実はここからが業務改革のスタート」だと気を引き締めている。
「社内に営業用資料を作成する部隊を充実させたり、マイクロソフトのOffice製品で作成したファイルを顧客とやり取りできる手段を整備するといった環境を整備しないと、iPadだけで業務を遂行するのは難しいと考えています」と語る。
パソコン廃止を成功させるためには今後、社内体制を含めた環境づくりが必須との認識だ。
止まらないワークスタイル変革へのチャレンジ
同社では全国各地で定期的に顧客を招いて自社製品の勉強会を開催している。このイベントの目玉は、同社の学術担当者が同席して顧客からの質問に直接答えてくれることだという。しかし、限られた学術担当者にそうそう出張させるわけにもいかない。そこでiPadを使ったWeb会議システムの導入を検討している。
予備校などで始まっているWeb講義を模したWeb勉強会の形式なら、学術担当者は出張に出ずとも対応できるし、複数の拠点をまとめて開催しても質疑応答ができる。また、現地参加できない参加者には、事前にWeb勉強会のURLを送っておいてWebから参加してもらうことも可能になる。
さらに、現在は営業担当者中心に配付しているiPadを社内業務にも拡張して、たとえば製造現場での実績入力や倉庫での棚卸しといった業務にも活用していきたいと佐々木氏は述懐する。
ERPパッケージやオンライン代理店発注システムの構築、基幹システムと連携したiPadソリューション導入などは、社員数100名規模の同社にはオーバースペックというのが一般的な評価ではないだろうか。しかし中規模の企業でも、ITを積極的に活用することで人員を抑制しつつ売上を倍増し、収益性の高い企業になれることを実証したのがフジタ製薬である。大企業に負けない営業力や効率性を目指し、引き続きIT投資で高収益体制を堅持していく構えだ。