前回に引き続き今回も、「スマートテレビとはどんなものか」について考察していく。前々回は、Wi-Fi接続によりマルチスクリーン、シームレス視聴のサービスが実現するという点について、そして前回はCCD(カメラ)を取り上げ、テレビにこそテレビ電話機能を搭載すべきだという点について説明した。今回は、ピープルメーターの話だ。

現在の視聴率調査はアテにならない?

現在、安価なデジタルカメラにさえ、顔認識技術が当たり前のように搭載されている。また、多くの写真整理ソフトには写真から人物を見分ける個人認識技術が搭載されている。これらの技術をテレビに搭載すれば、カメラで数秒に1回静止画を自動的に撮影して、その時点でテレビの前に家族の誰がいるのかを識別することができるのだ。

こうすると、いわゆる"ピープルメーター"のような機能を簡単に実現できるわけである。ピープルメーターというのは、視聴率調査に使われる用語だ。現在のテレビ視聴率の調査は世帯別の視聴率、つまり1台のテレビにどの番組が映っているのかを調べることができるだけである。世帯視聴率では、家族全員で観ているのか、お父さんだけが観ているのか、子供だけで観ているのかは調べようがない。

つまり、現在使用されている世帯別視聴率というのは数字として大ざっぱすぎて、あまりアテにならない数字なのだ。しかしその数字を基に、テレビ局はスポンサーに出稿料(広告料)を請求している。その点にスポンサー側は不信感を抱いていて、テレビよりも広告効果測定が正確に行えるイベント広告、ネット広告も視野に入れるようになっているのだ。正確な視聴率を算出するというのは、テレビ局のみならずスポンサーからも望まれていることなのだ。

そこで実験的に行われているのが、ピープルメーターだ。これは視聴率操作に協力してもらっている家庭に特殊なリモコンを配布することで行われる。そのリモコンには家族全員分のボタン、例えば「父」「母」「姉」「妹」というボタンが備えられている。家族はテレビを観る際、必ず自分に割り当てられたボタンを押してから観るというのが約束事になっており、逆にテレビの前から離れる場合は、自分のボタンをもう一度押してオフにしなければならない。こうすることで、家族の誰がどの番組を観ているかが正確に分わかるという仕組みだ。

しかし、これで本当に正確な視聴率が算出できるかどうかは、実態を見てみるまでもなく想像が付く。テレビを観る際や離席する際に、いちいちボタンを押す……そんな面倒なことを完遂できる人はきわめて少ないだろう。気が向いた際、気が付いた際にのみボタンを押して済ませている人が大半であるだろろうことは、誰にでも想像が付く。

スマートテレビこそが真の"ピープルメーター"になり得る?

一方、スマートテレビを利用したピープルメーター機能は、テレビが自動的に人を認識して測定するので、視聴者は何の操作をする必要もない。極めて正確な"個人視聴率"が算出できるのだ。これはテレビ番組の制作サイドには貴重な情報となるだろう。誰がその番組を観ているなどという大ざっぱな情報だけではなく、個人の視聴行動を追跡することもできる。

つまり、ある家庭の8歳の子供が番組開始後8分後から視聴をし始め、12分後にチャンネルを変えてしまったなどということが分かるのだ。このようなデータを集積することで、どのシーンが人気であり、どのシーンが不人気であるかも分かってくる。もちろん、テレビ放送だけでなく、ネットの動画配信サービスを利用した場合でも、このような精密な視聴率調査が可能になる。しかも、現在の視聴率調査のような抽出したスモールデータではなく、全数調査を簡単に行えるビッグデータなのだ。

このような調査が行われるのは、プライバシーの侵害であると考える人もいるだろうし、そこまで思わなくても「何となく怖い、うすら寒い」と感じる方も多いだろう。しかし、これがIT社会であり、このような情報の利用の仕方は既にあちこちで行われている。例えば、スマートフォンの地図では道路の渋滞情報が表示されるが、これはスマートフォンを持っている人の現在位置が刻々とサーバーに送られ、その移動行動から渋滞地点が割り出されているのだ。また、ショッピングサイトでは「あなたへのおすすめ商品」といった情報が数多く表示されるが、これもあなたの購入履歴と、他の利用者の購入履歴をマッチングさせて割り出されているのである。

このような個人の行動情報をプライバシーの侵害と声高に訴えたところでどうしようもない。すでに世の中は、IT社会にドップリと浸かっており、個人の行動情報の利用などはとっくにさまざまなところで行われているのだ。私たちが問題にしなければならないのは、「このような行動履歴から、個人が特定され、目的外に利用されること」であって、そうならないように企業を監視していくことが重要なのだ。

個人の行動履歴情報が収集されることで得をするのは企業のみ?

行動履歴情報が収集されることに反対する人の考え方の中には、「消費者は情報を奪われるばかりで、企業ばかりが得をする不公平な仕組み」という感覚があるのかもしれない。しかし、それはITのパワーの本質を勘違いしている。行動履歴を企業側に渡すことで、実は消費者にも大きなメリットが生まれるのだ。

例えば、テレビメーカーはこのようなピープルメーター機能をスマートテレビに搭載し、情報の処理も自前で行う。さらにはその詳細な視聴率分析結果を、コンテンツ提供者に有料で、あるいはサービスの一環として渡すことになる。コンテンツ提供者にとってはノドから手が出るほどほしい情報だ。すると、コンテンツ提供者はコンテンツ視聴による収益を圧縮してでも、そのテレビにコンテンツを提供したいと考えることもあるだろう。つまり、視聴者は通常よりも格安の料金で、ドラマや映画を視聴できるようになる。場合によっては、「無料でドラマや映画が観られる」ことをウリにするスマートテレビだって登場するかもしれない。

また、使い勝手の点でも大きなメリットがある。スマートテレビを起動すると、まず表示すべきなのは「おすすめコンテンツの一覧」だ。これは地上波テレビ放送、ネットサービス、HDD録画データに関係なく、その人がその時々で観たいコンテンツを提示する必要がある。

しかし、あなたが一人で観る場合と、夫婦二人で観る場合、あるいは子供と一緒に観る場合で、観たいコンテンツというのは変わってくるだろう。例えば、あなた一人で観るのはもっぱらゾンビ映画だが、夫婦二人で観るのは恋愛ドラマ、子供と観るのはアニメという事例はいくらでもある。これもスマートテレビであれば、誰がテレビの前にいるかを感知して、適切なおすすめコンテンツを提示されるようになる。

さらに、子供だけで観るときは、R15指定などのコンテンツは提示も再生も行わせないという設定をすることだって簡単だ(最近の子供は知識が豊富なので、お父さんの写真をプリントしたものをカメラに見せて、制限を突破してしまうかもしれないが)。

ITが実現するのは"中抜き"ではなく"中入り"

IT社会の創成期とでも呼ぶべき頃、「ITの本質は中抜き」という言葉が流行した。メーカーが消費者とダイレクトに結ばれることで、問屋や流通業者が不要になるということを指していた。

しかし、これは誤った見方だ。ITの本質は「中入り」なのだ。このような正確な視聴率を測定することで、視聴者とコンテンツ提供者の仲立ちをし、視聴者には利便性と低価格というメリットを提供し、コンテンツ提供者には精緻な情報を提供することができるようになる。これがITのパワーだ。

以前、問屋流通がITの力により排除されていったかのように見えたのはある種の錯覚だ。問屋流通も本来、商品をメーカーから消費者に流し、情報を消費者からメーカーに流すという双方向の機能を担っていたはずなのだが、一部の問屋流通は、いつの間にか商品を独占的に扱えるという一種の既得権に安住するようになり、伝票だけ切って商品を右から左に流すだけの存在に成り下がっていた。

それでもマージンだけはしっかりと取っていくのだから、IT社会が始まる前から、一部の問屋流通は単なる障害にしかなっていなかった。それがIT社会が始まるとともに排除され始めたというだけの話だ。現実に、きちんと商品と情報を双方向的に扱っている商社などは、IT社会になっても依然として健在であるし、むしろITの力を積極的に利用してビジネスを拡大している。

スマートテレビも、こういった"中入り"を行っていく必要がある。テレビメーカーはもう「テレビが映るただの箱」を作っていれば良いというわけにはいかないのだ。

ここまで、スマートテレビに必要なものとしてWi-Fi接続機能、カメラ機能のふたつを紹介した。さらにスマートテレビにはショッピング機能も必須だ。これも意外に思われるかもしれない。「ショッピングサイトなんかわざわざテレビでやらなくても、スマートフォンかパソコンでも同じことじゃない?」と思われる方も多いだろう。これがITのパワーを利用すると、テレビショッピングはまったく違うものになるのだ。これについては、次回ご紹介したい。

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