次世代組み込み機器のかたちは?

新しいARMファミリが発表されても、実際にそのコアが搭載されたプロセッサが市場に出回るまでは数年間かかります。ARM11の発表から3年ほど経った頃、次世代携帯電話機やマルチメディア機器を見据えてARM11搭載プロセッサが数社から発表されていきましたが、そうした中に"高性能マルチメディアプロセッサ"と称されたFreescale Semiconductor製「i.MX31/i.MX31L」がありました。Freescaleは、プロセッサメーカーとして歴史ある米Motorolaの半導体部門が分離して設立された会社です。名門プロセッサメーカーから登場したこのSoC(System on a Chip)、初期段階では断片的な情報しか知らされませんでしたが、「次世代Armadilloでの有力候補になる」ことはエンジニアの勘でピンと来ました。

今まで以上に高い処理性能とマルチメディア機能を持つ、次世代Armadillo。実現可能な組み込み機器そのものはそれなりにイメージがつくのですが、では「組込まれる側」であるArmadilloはどういう形状であるべきか?…こちらの方は難題でした。「マルチメディアプロセッサ」と称しているのだから「画面が付いて動画再生できるポータブル機器のスケルトン」が良い?プロセッサの処理性能が飛躍的に向上するのだから「マイクロサーバ用ベアボーン」が喜ばれる? それとも、今までのArmadillo同様にさまざまなセンサや制御機器を直接接続できる「小型汎用組み込みボード」に徹するべき?…どんな形であれば、このSoCのポテンシャルを「有効的」かつ「自由」に使ってもらえるだろうかという思案は続き、ずれ込んでいたi.MX31評価環境の入手時期が来てもまだ、誰もが納得するようなすっきりした答えは出せずにいました。

先だった難題が解決しなくても、技術者たるもの評価ボードが手に入れば使ってみるに決まっています。実際に使い始めると、それまでは絵空事でしかなかった高性能と多機能を、これでもかと実感させられることになりました。CPUの体感速度は前製品の倍以上、またメモリはDDR SDRAMですのでボトルネックになりません。そして、とにかく多機能です。1つ1つ機能を確認していくだけでも大変で、すべての検証を終えるころには辟易しているくらいの労力と時間がかかりました。

こうした作業をしながら痛感したのは、とにかくこのSoCは「色んなことに使えそう」。当初の想像をはるかに上回っています。それまでのArmadilloと同じ発想で製品のデザイン形状を決めてしまうと、SoCがせっかく持っている機能を実際には使用できないというケースも起こり得る。それが組み込んで使うユーザーにとっての選択の自由を束縛しかねない…そう感じました。かといって、このSoCをArmadilloとして製品化することの意味が薄くなるわけではありません。SoCは、携帯機器向けの0.5mmピッチのBGAパッケージであるため、これを実装するためにはPad on Viaやビルドアップ基板を使う必要があり、誰もが簡単に製品化できる代物ではないのです。悩んだ挙句、行き着いた大きな決断が、この次世代Armadilloを「CPUモジュール」形状にすることでした。

「Armadillo-500」モジュールと開発用ベースボード

各種インタフェースコネクタを搭載し「そのまま組み込んで使える」ことが旧来のArmadilloの特徴でしたが、今回は敢えてこれを変え、超小型モジュールとして仕立てることにしました。CPUやメモリといった実装に高い技術が必要とされる部品のみを搭載したCPUモジュール、今回はこれがArmadillo本体です。そして、このArmadilloがコネクタ経由で接続される下層の基板を「ベースボード」として、外部機器の接続インタフェースとなるコネクタ類については「ベースボード」上に配置するという二層構造。こうした位置付けにすることによって、ユーザーが使用したい機能とインタフェースを選択し、さまざまな目的と用途に合わせた形状が実現可能になると考えたのです。

ただ、このようにCPUモジュールだけを供給することになると、外部機器との接続インタフェースを持つベースボードをユーザー自身が開発するまで、ソフトウェアの並行開発ができないことになります。この点を解決するため、開発セットにはリファレンスボード的な位置付けとして「開発用ベースボード」を同時提供、さらにこのボードの回路図を購入ユーザーに公開することにしました。より自由度の高いハードウェア設計をユーザー自身の手で実現してもらうという、私たちとしては新しいコンセプトでした。

こうして開発された初のCPUモジュール型Armadilloは、「Armadillo-500」と名付けられました。実際に発売されたのは2007年7月、着想から2年余りの長い開発期間をかけた製品となりました。

発売年のArmadillo-500雑誌広告より(記載の内容は当時のものです)

「さまざまな機器になれる」という新コンセプトによるArmadillo-500でしたが、最終的には「ユーザー自身で基板開発しなければならない」という、それまでのArmadilloに比べるとやや高いハードルが設けられることになりました。ユーザー目線からは懸念となるこの点を払しょくしたい一心で、私たちは発売後にいくつかの取り組みを行いました。その1つが、展示会の自社ブース内に設けた「カスタマイズ相談コーナー」でした(上記雑誌広告に案内掲載)。Armadillo-500を使用した組み込み開発方法の指南を目的に、実際に開発に携わったエンジニアも参加して、お客様のご相談に対応しました。

このコーナーそのものはArmadillo-500の製品性格に合わせる形で設置したものですが、どのようにユーザー各々の目的に合った組み込み機器を実現していくかが課題になる点は、歴代どのArmadillo製品においても変わりありません。アットマークテクノでは、展示会は直接ユーザーの声が聴ける貴重な機会と捉え、製品開発や技術部門に所属する社員が自社ブースに立つようにしています。5月に迫った組込みシステム開発技術展(ESEC)、11月に開催される組込み総合技術展(ET2012)と、今年もこれまでと変わらないスタンスで出展する予定です。ご来場いただいた際は、ぜひお気軽にお声をおかけください。

その後、Armadillo-500を使用した製品開発のハードルを下げる取り組みは、製品ラインナップとしても行いました。Armadillo-500がベースとなった、タッチパネルコンピュータを手軽に作れるプラットフォーム「Armadillo-500 FX」です。発表されたばかりのGoogle Androidが動作したことで話題になったこの製品の当時のエピソードや、より新しいAndroidも軽々と動作する最新の「Armadillo-800 EVA」から始まる新シリーズについて、次回は取り上げる予定です。

著者:花田政弘

アットマークテクノ
開発部マネージャー