CPUキーマンが集結した思い出のミーティングとTSUBAMEの快挙

その晩、私は恵比寿にある高級ホテルの最上階にいた。当時のAMDのCEOヘクター・ルイズはすでに到着していた。程なくして、東工大の松岡先生が到着した。ヘクターを先生に紹介しているとサンマイクロ・システムズの幹部がやってきた。3人のサンの幹部の一人はCEOのスコット・マクニリーだ。その週に東京で年に1回行われるサンのベンダーイベントに合わせて来日したのだ。AMDとサンのCEOに松岡先生を直接紹介しようと私が画策した結果だが、やはりこれだけの業界のキーマンが一堂に会するというのは壮観である。相撲でいうと三役そろい踏みといったところだ。記念撮影をしたはずだが残念ながら今は見つからない。しかし私の脳のメモリスペースには今もありありと記憶されている。

調達では結局、東工大の巨大スパコン・プロジェクトTSUBAMEのCPUにはAMDのデュアルコアOpteronを使用したサンのサーバーが採用されることが決定。そのお祝いを兼ねての挨拶兼ミーティングという名目だ。会話がちょっと盛り上がりすぎて、帰りに松岡先生とサンの幹部のジャケットがとり替わるというハプニングもあった。翌日、サンのイベントの真っ最中にマクニリーが東工大の案件全体を請け負うプライム・コントラクターのNECのCEOにその場でミーティングの内容を電話で報告したそうである。

以下にTSUBAME1.0の簡単な仕様を示す。

  1. AMD Opteron880 (デュアルコア、2.4GHz)、8CPU Sun Fire x4600 32GBメモリ 639ノード
  2. AMD Opteron885 (デュアルコア、2.6GHz)、8CPU Sun Fire x4600 64GBメモリ 16ノード
  3. SuSE Linux Enterprise Server 9
  4. NEC iStorage S1800AT 96TB RAID6
  5. Sun 1PBストレージ SunFire x4500 (AMD Opteron 280 デュアルコア、2.4Ghz) + 500GB x 48 HDD 42ノード
  6. ClearSpeed CSX600 アクセラレータ・ボード
  7. Voltaire ISR9288 InfiniBandネットワークスイッチ

デュアルコアOpteronチップ拡大写真

いよいよ東工大始まって以来の大スパコン・プロジェクトが始動した。何しろ汎用品で最先端の製品を集めて組み上げるのだからAMDのCPUも含め各要素部分の遅延が全体のスケジュールに大きく影響する。しかも理論性能値が実際に出るかどうかは組み上げてチューンアップしてみないとわからない。予算も最初からきっちり決められているので、どこかの国の公共施設建設の予算のように補正予算でなし崩し的に積み上げていくわけにもいかない。

すべて予定通り予算内で、2006年6月のTop500発表の前には稼働を開始してデータを取って提出しなければならないのだから大変な作業である。サプライチェーンの最川上にいるCPUメーカーAMDの私としてはデュアルコアOpteronを必要な周波数で必要個数分確保できれば(この点で、上述のミーティングは大きな意味があった)、後はシステムベンダーに任せる以外にない。幸いAMDにしては上出来なスケジュールでCPUは確保することができた。松岡先生のチームをはじめ、サン/NECのベンダーチームは毎日夜を徹する作業に追われた。後で聞いた話だが、完成の最終段階で、松岡先生は問題がすべて解決したとみなしてニューヨークへ招待講演のため飛んだが、やはり幾つか問題が発生し、電話やメールでは解決せず、陣頭指揮をとるためニューヨーク到着後わずか半日後にトンボ帰りしたらしい。

果たして、TSUBAMEは2006年4月に稼働を開始し6月のTop500へのエントリーに間に合うことができた。結果は圧倒的であった。TSUBAMEは松岡先生が目標としたトップ10をクリアしTop500の7位にランクインした。日本国内のランクでは堂々の1位。三年前までチャンピオンだった地球シミュレーターはTop500では10位に後退した。 東工大の松岡チームのTSUBAMEのトップ10ランクインは国内外メディアの大いなる注目を浴びて、スーパーコンピューターの新しいトレンドとしていろいろな記事に取り上げられた。トップ10入りという絶対性能での快挙と同じくらい重要なのは、TSUBAMEの革新的な経済性だった。地球シミュレーターとの比較では、性能が1.6倍に上昇(LINPAC性能比)しているにもかかわらず、導入費用は30分の1、電気代は10分の1と圧倒的なコストパフォーマンスを発揮した。東工大チームのTSUBAMEは当初に挙げた目標を立派に達成するどころかそれ以上の成果を上げたのである。

2006年に完成稼働しTop500で7位にランクされたTSUBAME(松岡教授所蔵)

この快挙は私のAMDのOpteronマーケティングにも大きなプラスとなった。何しろこの快挙以来客先に売り込むときにいちいち説明しなくても"あのTop500で7位になった東工大のTSUBAMEに使われたCPUです"とだけ言えばあとの説明は不要だった。TSUBAMEはその後もどんどん進化しスパコンのトレンドをリードし、いろいろな記録を塗り替えていった。

スパコンその後

スパコンの技術はその後も日進月歩だ。第一線から退いた私は依然として関心はあれども、その技術革新のスピードには最早ついて行けない。ここにTop500のTSUBAMEが7位となった2006年を挟んで、2003年から2015年6月のトップ10を並べた表を作ってみた。このランキングは歴代の各システムの詳しい仕様も含めてTop500のWebサイトに掲載されているので、ご興味があれば覗いてみるのをお勧めする。

私が見る限り、下記のような顕著なトレンドを見て取れる。

  • 中国勢の躍進。2015年のトップを飾った"天河"はもうTop10の常連となった。中国は国策プロジェクトとしてスパコンの開発に多額の資金を投入している。最近の報道によれば中国はARMベースの64CPUコアを集積したチップを独自開発したとも言われている。今後もどんどんと躍進してくるだろう。
  • 一昔前の専用ベクター型プロセッサを開発するのではなく、汎用CPUに追加して並列計算用には市販のグラフィック・プロセッサをGP(General Purpose)GPUとして何個もつなげる。
  • 開発、維持についてのコスト・パフォーマンスは引き続き重要なファクターとなる。

さらに、AI(人工知能)システム開発との関連において、超並列計算の性能向上を目指した無駄を省いた専用プロセッサを開発する方向にインテルなどの半導体メーカーだけでなく、グーグルなどクラウドの巨人たちも動き出している。ちょっと前に、プロの囲碁棋士を打ち負かして大きな話題となったグーグルの"アルファ碁"システムのハードウェアにはグーグルが独自に開発したCPUが使われているようだ。また最近のソフトバンクのARM買収は今後どういった意味を持ってくるのだろう。

この世界は相変わらず一時も目が離せない状態になっている。

Top500の歴代システムとCPU:Top500のサイトより筆者が作成

著者プロフィール

吉川明日論(よしかわあすろん)
1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、今年(2016年)還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。
・連載「巨人Intelに挑め!」記事一覧へ