ハワイのすばる望遠鏡で2013年12月4日にラヴジョイ彗星を詳しく観測して、イオンの尾の構造が20分ほどの間に大きく変化していたことを、国立天文台の八木雅文(やぎ まさふみ)助教らが見いだした。地球に近づき、十分に明るく見える彗星は1年に1つあるかないかで極めて少ないため、イオンの尾の急激な変化の観測データが少なく、まだよく理解されていない。すばる望遠鏡の広い視野と高い集光力が彗星研究でも威力を発揮した。この分野に新展開をもたらすことが期待される。ニューヨーク州立大学、都留文科大学との共同研究で、米天文学誌アストロノミカル・ジャーナル3月号に発表した。

図1. ラヴジョイ彗星のイオンの尾の大局的な時間変化を、Iバンドで得られた2分露出の3枚の画像から作成したアニメーション。特に尾の下流の方(画像下側)で、尾の幅が数分で細くなっていたことがわかる。右下の時刻の時と分の表示は露出開始時点のハワイ時間で、2013年12月4日早朝。図では明るい部分を黒く、暗い部分を白く表示している。(クレジット:国立天文台)

彗星の尾には、ちりとイオンの両方があり、今回はイオンの尾を詳しく見た。研究グループは、すばる望遠鏡に搭載された主焦点カメラで、彗星の核から 80 万kmほどの範囲のイオンの尾を繰り返し観測して、刻々と変わる様子を追った。観測に使われたIバンド(波長 850 ナノメートル)では水イオン、Vバンド(波長550 ナノメートル)では一酸化炭素イオンと水イオンの発する光を捉えた。データを詳しく調べたところ、ラヴジョイ彗星の尾の大局的な構造が10分間ほどで刻々と変化していたことがわかった。

図2. (左)Iバンドで2秒露出のラヴジョイ彗星。水色の四角が、右で切り出されている部分を示す。(右)彗星のイオンの尾の中の塊の移動。それぞれ2分露出のデータを処理し、背景の星をマスクした後、細かい構造が見えるようにした。黄色の字で示した時刻は露出開始時のハワイ時間。白い丸で囲った部分が今回発見された塊で、時間とともに彗星の核から遠ざかる方向に移動している。図で切り出した範囲は2500km×5600kmで、ここから移動速度が秒速20-25kmとわかった。(クレジット:国立天文台)

さらに、イオンの尾の中を詳しく解析して、核から30万kmほどの位置に塊が生まれて、秒速20-25kmで下流に流れていく様子も発見した。当夜の観測責任者だった幸田仁(こうだ じん)さん(ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校)は「初日の観測で美しく細かな構造が見えて感心した。2日目は連続写真を撮った。データを解析してみると『どうも短時間で変化しているらしい』ということもわかってきて、ワクワクした」と振り返る。

イオンの尾は、太陽から流れてくる太陽風で、彗星の核付近の原子や分子がイオン化して吹き流されてできたもので、最終的には太陽風の速度(秒速300-700km)に達するとみられている。今回の観測は、彗星の近くでイオンの塊が太陽風によって最初の加速を受けつつある状態を捉えたといえる。観測当時、ラヴジョイ彗星のイオンの尾は、地球から見て、垂直方向にたなびいていたため、こうした尾の中の移動を詳しく探るのに適していた。

観測されたイオンの塊の移動速度は、ハレー彗星で観測された秒速 58kmや、過去の大きな彗星の観測から得られた秒速44±11kmという値 と比べてかなり遅く、新しい謎を示した。イオンの塊の生成の仕組みはまだはっきりわかっていない。彗星の観測データを蓄積すれば、イオンの尾で起きる物理現象に迫れそうだ。オーストラリアのテリー・ラヴジョイ氏が発見した明るいラヴジョイ彗星はここ数年相次いでいる。今回観測されたラヴジョイ彗星は2013年に発見され、同年11、12月には4等級に達し、肉眼でも見えた。現在も明るく見えているラヴジョイ彗星や、12年に太陽に近づいたラヴジョイ彗星とは別の彗星である。

八木雅文さんは「彗星は太陽に近づくと夕暮れや明け方にしか観測できないことも多い。逆にそのような空が少し明るくなった時間帯は、系外銀河などの暗い天体の観測には不向きなので、すばる望遠鏡の観測時間をうまく配分でき、最大限活用できる。イオンの塊の速度が従来のデータより遅いのは、ラヴジョイ彗星特有の現象か、調べたい。今後も工夫して彗星の観測を重ねれば、もっと面白いことが見えてくるかもしれない」と話している。