フィギュアスケートのシーズンの本格的な開幕が近づいてきた。10月4日にはジャパンオープンが行われ、同月24日からはグランプリシリーズ開幕を告げるアメリカ大会が始まる。
今シーズンは高橋大輔、浅田真央が休養し、織田信成、鈴木明子らは昨シーズンに競技から退いた。各大会で見かける顔ぶれが、近年とは少し異なるシーズンとなる。そのシーズンの行方について、日本人選手の成績面とは別の角度からも注目されていると聞く。そこには、フィギュアスケートにおける日本の存在感がかかわっている。
今年3月に埼玉で開催された世界選手権のショートプログラムで、自己ベストとなる得点を出したあと、ロシアのユリア・リプニツカヤはこう語っていた。
「観客の方々の後押しに感謝しています」。
好演技を披露することができた理由の1つに、会場に駆けつけた日本ファンからの声援を挙げたのだ。
海外からの日本への高い評価の理由
リプニツカヤに限らず、海外の選手たちの日本ファンのマナー、あるいは会場の雰囲気への評価は極めて高い。演技の妨げになるような声援が飛ぶケースは、皆無とは言わないまでも非常に限られる。演技中の観客席の集中力の高さ、何よりも、どこの国の選手に対しても温かい拍手が向けられることが、高い評価につながっている。大会時に常に多くの人々で観客席が埋められていることも一因となっている。見る人が少なければ、それは選手にとって寂しくもあるからだ。
多くの人々が醸し出す場内の熱気が、日本で行われる大会への好感をもたらしているということは、逆に言えば海外の大会は観客が少ないということを意味している。実際、グランプリシリーズなどの国際大会でも空席が目立つことは珍しくはない。むしろ、日本での大会のような光景こそ珍しいと言っていいかもしれない。
ずいぶん前、少なくとも10年以上も前だろうか。
「フィギュアスケートはアメリカとロシアのものだから」。
そんな言葉を聞いたことがある。成績面に加えて人気面、特にアメリカでのフィギュアスケートの状況を含めて語られた言葉だった。ただ、いつしかそれは崩れた。アメリカでの大会で空席が目立つようになってから何年たつだろうか。
海外のそうした実情もあり、今日、日本は突出した位置にある。そしてそれだけの人気を誇っているということは、ビジネス面にもかかわってくる。
例えば、国際スケート連盟のオフィシャルスポンサーには、日本の企業がずらりと並ぶ。海外で開催される国際大会の会場にも日本企業の広告が張り巡らされ、一瞬、日本で行われているのではないかと思うかのような光景が広がるほどだ。
日本が支えているという現実
それにしてもなぜ、日本でフィギュアスケートの人気がここまで高まってきたのだろうか。その答えはシンプルにならざるを得ない。一にも二にも、選手たちの活躍があってこそだ。国際大会で重ねられる数々の好成績によって、フィギュアスケートがメディアで取り上げられる機会が増えた。
成績はむろんのことだが、選手それぞれが持っていた個性やトップスケーターとしての振る舞いなども相まって、もとからの熱心なファンに加え、多くの人たちの関心を呼びこみ、ひきつけるようになっていった。まずは選手、そして選手の周囲にいるコーチなどバックアップする人々の力があってたどり着いた現在である。
日本のフィギュアスケートの位置を押し上げるのに大きく寄与してきた選手たちの中には、今シーズンの大会に顔を見せない者も少なくない。それがどのように人気や注目度で影響を及ぼすのか、国内のさまざまな場で携わる人々も、さらに海外の関係者も関心を抱いているのだという。
変化するかもしれないし、変わらないかもしれない。いずれにせよ、日本がフィギュアスケート界を支えている現実がある。その根本にあるのは、現場の努力であることは忘れてはならない。だからこそ、現場にただ依存するばかりでなく、どれだけ現場を支え、バックアップしていけるかがこれからのために問われることになる。
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筆者プロフィール: 松原孝臣(まつばら たかおみ)
1967年12月30日、東京都生まれ。早稲田大学卒業後、出版社勤務を経てフリーライターに。その後スポーツ総合誌「Number」の編集に10年携わった後再びフリーとなり、スポーツを中心に取材・執筆を続ける。オリンピックは、夏は'04年アテネ、'08年北京、'12年ロンドン、冬は'02年ソルトレイクシティ、'06年トリノ、'10年バンクーバー、'14年ソチと現地で取材にあたる。著書に『フライングガールズ-高梨沙羅と女子ジャンプの挑戦-』『高齢者は社会資源だ』など。