東京大学は5月29日、高崎健康福祉大との共同研究により、ヒトの「腸上皮細胞」を模した細胞を用いて腸管からコレステロールを吸収するタンパク質=コレステロール吸収トランスポーター「Niemann-Pick C1-Like1(NPC1L1)」の吸収特性を明らかにし、同タンパク質を阻害するポリフェノールとして「ルテオリン」および「ケルセチン」を見出したと発表した。

成果は、東大大学院 農学生命科学研究科 食の安全研究センターの小林彰子 准教授、同・修士の猫橋茉莉氏(当時)、同・小川真奈氏、高崎健康福祉大大学院 薬学研究科の荻原琢男 教授、東大総括プロジェクト機構 総括寄附講座食と生命の中沢京子研究員、同・加藤久典 特任教授、東大大学院 農学生命科学研究科の三坂巧 准教授、同・阿部啓子特任教授らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、5月23日付けで米オンライン科学誌「PLoS ONE」に掲載された。

生体において血中のコレステロール濃度は、肝臓におけるコレステロールの合成量と腸管における食事由来のコレステロールの吸収量とで調節されている仕組みだ。しかし、高コレステロール血症が動脈硬化、ひいては心疾患や脳血管疾患の原因となるとして、これだけ叫ばれているにもかかわらず、実は腸管からのコレステロール吸収メカニズムについてはあまり研究されていない。高コレステロール血症の治療薬も肝臓におけるコレステロール合成抑制を対象としたものがほとんどという状況である。

そうした研究の少なさから、つい10年前までは、コレステロールが油に溶けやすい成分であるということから、腸管からは吸収トランスポーターが関与しない、濃度勾配に依存した「受動拡散」のみで吸収されていると考えられていた。しかし2004年になってNPC1L1が発見され、腸管でのコレステロール吸収にコレステロール吸収トランスポーターが重要な役割を果たしていることが報告されたのである。しかし、このNPC1L1に関してもよくわかっていないところが多い。その働き(輸送活性)を初めとする詳細な輸送メカニズムについては、これまでほとんど明らかにされていなかったのである。

そこで研究チームは今回、ヒトの腸管上皮のモデル細胞である「Caco-2細胞」を用いて、腸管におけるコレステロールの吸収メカニズムの解析を試みた。時間依存性や濃度依存的な輸送活性などが調べられ、NPC1L1の吸収メカニズムの詳細が明らかにされたのである。さらに、ルテオリンおよびケルセチンがCaco-2細胞におけるコレステロール吸収を顕著に阻害することも見出された。また、これらのポリフェノールがNPC1L1のコレステロール輸送を直接阻害することも確認されたとしている。

現在、NPC1L1を阻害する医薬品として唯一処方されているのが、「エゼチミブ」だ。エゼチミブは、1日1回の摂取で効果を発揮する薬剤として知られている。一方、Caco-2細胞にルテオリンおよびケルセチンが短時間(1時間)培養され、洗浄した後にコレステロールの吸収活性の測定が実施されたところ、エゼチミブと同様、長時間にわたってコレステロールの吸収を抑制する効果が確認されたという。従って、これらのポリフェノールがNPC1L1に与える作用は持続性が高く、かつ不可逆的であり、エゼチミブと類似のメカニズムによりコレステロールの吸収を抑制する効果を発揮していることが推察されるとしている。

これらポリフェノールの生体内における効果を調べるため、続いてラットにポリフェノールを経口摂取させた際の血中のコレステロール濃度も測定された。食事の0.5%にコレステロールが含まれている負荷食を与えたラットでは、食事にコレステロールが含まれていない普通食を与えたラットに比べて血中コレステロール濃度が日を追うごとに上昇したのに対し、負荷食に加えてルテオリンおよびケルセチンを1日2回経口投与したラットでは血中のコレステロール濃度の上昇が有意に抑制されており、高コレステロール状態が改善されることが確認されたのである。

以上の結果から、ルテオリンおよびケルセチンは腸上皮に発現するNPC1L1を阻害することによって、食事に起因する血中のコレステロール濃度の上昇を予防することが明らかにされたというわけだ(画像)。ケルセチンとルテオリンはリンゴや玉ねぎ、シソなどに含まれるポリフェノールである。これらのポリフェノールの摂取により、食事からの過剰なコレステロール吸収が抑えられ、高コレステロール血症の予防に繋がる可能性があるとした。

画像。腸管におけるポリフェノールの作用

ポリフェノールには「フレンチパラドックス」といわれる、脂肪過多な食事による動脈硬化、心疾患、および脳血管疾患などの疾病を予防する効果が知られている。これまでフレンチパラドックスの研究は、ポリフェノールの持つ抗酸化作用を中心に行われてきた。今回の研究で明らかとなったポリフェノールによるNPC1L1を阻害するメカニズムは、血中のコレステロール濃度を適正に制御するための新たな切り口を提案すると共に、食品に含まれるポリフェノールを日常的に摂取する意義を、改めて示すことができた成果といえるとしている。