日本原子力研究開発機構(JAEA)は2月17日、厚さわずか数原子層からなる極薄磁石の磁気の向きを、薄膜面に対して垂直に保持する新しいメカニズムを理論的に見出したと発表した。

同成果は、JAEA 先端基礎研究センターの家田淳一副主任研究員、前川禎通センター長、米国マイアミ大学 物理学科のスチュワート・バーンズ教授(兼 JAEA 先端基礎研究センター客員研究員)らによるもの。詳細は、Nature Publishing Groupの「Scientific Reports」に掲載された。

PCやスマートフォンの情報を保持する記憶デバイスの中心部には、磁石でできた薄膜(磁性薄膜)が使われている。磁石にはN極とS極があり、この両極を結ぶ向きに"0"と"1"を対応させてデジタル情報を記憶させる。現在、扱う情報量の増大に伴い、記憶デバイスのさらなる小型化・高集積化が求められており、記憶密度の向上が必要とされている。

記憶デバイスの記憶密度は、磁性薄膜に小さな棒磁石(N極S極の組)を何個並べられるかで決まる。2005年、この小さな棒磁石を横に並べる水平記録方式から、縦に並べる垂直記録方式に置き換わり、記憶密度が一気に5~10倍に増大した。この技術革新を実現したのが、垂直磁化膜と呼ばれる特殊な磁石の開発である。最近では、極限まで薄くした垂直磁化膜に外部から電場をかけることで磁石の向きを制御する電場効果が盛んに研究され、この現象を用いた磁気情報操作の低消費電力化も追求されるなど、大きな注目を集めている。

磁石の向きを水平から垂直にすると記録密度が倍増する

このように、垂直磁化膜は磁気記憶媒体として優れた性質を持ち、すでに広く利用されているが、実用的な研究が先行する一方、なぜ極薄の磁性薄膜で磁石の向きを垂直に揃えることができるのか、その起源にはまだ不明な点が多く残されている。特に、原子数層レベルの極めて薄い磁性薄膜に異種材料を貼り付けた場合の電場効果に関しては、これまでの解釈では説明できない現象が報告されるなど、メカニズムの理論的解明が待ち望まれていた。

研究グループは、ラシュバ効果と呼ばれる、金属の表面ごく近傍にのみ生じる電場が原因で発現する特殊な磁場の存在に新たに着目した。これまで、この効果による磁場は、常に膜に水平方向に働くため、磁石を膜に垂直に揃える直接の原因として取り上げられることがなく、十分に検討がされていなかった。そこで、まず極薄磁石とラシュバ効果の大きな異種材料を貼り付けた状況を想定し、異なる性質を示す金属磁石の理論とラシュバ効果の理論を同時に満足する新しい解を導出した。次に、その解を用いてラシュバ効果の寄与を足し上げて、磁石の向きが薄膜面に垂直の場合と、薄膜面に水平の場合のエネルギーを比較した。その結果、磁石の向きが膜に垂直の場合の方が全体として磁気の大きさが強化され、より安定化されることを見出した。

極薄磁石とラシュバ効果を持つ異種材料を貼り付けると、磁石の向きが面内(水平)から垂直になる

ラシュバ効果による磁場は膜の面のどの方向にも同じ大きさで働くという特殊な性質を持っている。したがって、それぞれの方向を向いた磁場が磁石を薄膜面内のあらゆる方向に引き留めようとする結果、磁石の向きが薄膜面に水平の場合より、薄膜面に垂直の方がバランス良く引っ張られるのでより安定化される。これはちょうど、テントやポールを立てるためにロープで四方八方から均等に引き留めて地面に固定するときのイメージと一致している。

磁石の向きは薄膜面に対して水平より垂直の方が安定する

ラシュバ効果の大きさは、金や銀などの貴金属の表面で、普通の磁石の作る磁場の数十倍から数百倍もの磁場に相当することが最近の研究で分かっている。今回のラシュバ効果による垂直磁化膜のメカニズムによれば、大きなラシュバ効果が期待される材料の組み合わせを選ぶことで、希少な希土類元素を用いることなく、ネオジム磁石を凌駕する極めて強力な極薄磁石を、ナノスケールで実現することができることになる。

ラシュバ効果の大きさは、極薄磁石に貼り付ける異種材料の種類や、外部からかける電場によって変化させることができる。今回の研究で、ラシュバ効果と垂直磁化膜の密接な関係が分かったことにより、これまでの解釈では理解できなかった垂直磁化膜に対する異種材料の効果や電場効果がきちんと説明できるようになった。また、希少な元素を有効活用する観点からも、希土類元素を必要としない強力な磁石の原理発見は重要な意味を持っている。

今回の成果は、電場効果を含めた垂直磁化膜の今後の材料開発に基礎的な設計指針を与えるものであり、ナノスケールの極薄磁石による不揮発性磁気メモリの超高密度化に寄与するとともに、それによる待機電源が不要な電子機器の実現に大きく寄与するものと期待されるとコメントしている。