早稲田大学(早大)は10月11日、ロックフェラー大学との共同研究により、細胞分裂を担う「紡錘体」の大きさ・形と、紡錘体を構成する「微小管」の密度・量を測定し、それらの関係を定量的に表現することに成功したと発表した。

成果は、早大理工学術院の高木潤助手、同・板橋岳志講師、同・博士後期課程3年・日本学術振興会特別研究員(DC1)の鈴木和也氏、同・石渡信一教授(早稲田バイオサイエンスシンガポール研究所(WABIOS)所長)、ロックフェラー大のTarun M.Kapoor教授、同・島本勇太博士研究員らの国際共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、10月10日付けでオンライン科学雑誌「Cell Reports」に掲載された。

筋肉、内蔵、脳など、生体内にはさまざまな構造があり、それらはすべて自己組織的に形成される。今回の研究対象である紡錘体は、細胞内において染色体の分配を行う役割を持った構造物だ。線維状重合体の微小管が分子モータなどのタンパク質の働きによって集合・配向することで、自己組織的に形成される。

細胞分裂の際に2個の娘細胞それぞれに染色体の分配がうまくいかないと、細胞のがん化や出生異常の原因となるため、非常に重要なのはいうまでもない。そうしたことから、紡錘体の形成メカニズムについては、世界中で盛んに研究が行われている。

これまでの研究によって、紡錘体の形成に関わる分子モータなど、数多くの分子が同定されてはきたが、微小管の量や紡錘体の大きさ・形にどのような関係があるのか、という根本的な情報が不足していた。そこで研究チームは今回、これらの関係を明らかにすることを目的に、物理的手法を用いた研究を行ったというわけだ。

紡錘体は3次元的な構造物であり、分裂中期においてはラグビーボールのような形状をしている。画像1は、アフリカツメガエル卵の抽出液中で形成させた中期紡錘体の蛍光画像だ。これまでの多くの研究では、「落射蛍光顕微鏡」を用いた紡錘体の2次元的な観察が行われていたが、今回の研究では紡錘体の大きさや形をより正確に測定するため、「共焦点蛍光顕微鏡」を用いた3次元観察が実施された。3次元観察を行うことで立体的に非対称な変形も定量的に解析できるようになり、また微小管を蛍光ラベルすることで、紡錘体の体積や紡錘体中の微小管量・密度を正確に測定することができるようになったのである。

画像1。紡錘体の蛍光画像

また今回の研究により、研究チームは先端の非常に細いガラス針(先端径1マイクロメートル(μm)未満)を用いて、紡錘体を画像2~4のように切断できる技術も開発した。通常、紡錘体は細胞中にあるため、このような直接的な顕微操作を行うことはできない。

しかし、研究チームが用いたアフリカツメガエル卵の抽出液中で自己組織的に形成させた紡錘体(大きさ30~50μm程度)は、周りに細胞膜がないため、このような切断操作ができるのである。切断という物理的手法を用いることで、紡錘体の周りの溶液環境を変えることなく、紡錘体の大きさや形、微小管の量・密度を直接操作できるようになったというわけだ。

画像2~画像4(右):切断時を撮影した、紡錘体の微小管蛍光画像。2本の微小ガラス針を挿入し、互いに逆向きに動かすことで紡錘体は切断された。ピンクの矢印はガラス針の先端を示している。スケールバーは10μm

3次元観察により、アフリカツメガエル卵の抽出液中で形成させた分裂中期の紡錘体は、紡錘体の大きさによらず同じ形、微小管密度をしており、紡錘体の大きさは微小管量と相関があることが判明。そして、形や微小管密度などの定義から、これらのパラメータ同士の関係を示す1つの関係式が導出されたのである。この関係式では、紡錘体の大きさは、微小管量と紡錘体の大きさによらないパラメータ(紡錘体の形、微小管密度)で表されるとした。

ガラス針を用いて紡錘体を2つに切断すると、切断によりできた各断片は、5分以内に元の紡錘体と同じような形、微小管密度になることも判明(画像5)。この結果は、紡錘体の形と微小管密度が紡錘体の大きさによらないという性質が、切断後の断片でも成り立っていることを意味するという。

また、各断片中の微小管量は、元の紡錘体の半分以下になり、それに伴い各断片の大きさは元の紡錘体より小さくなることも確認された。この結果もまた、紡錘体の大きさが微小管量と相関するという性質を、切断後の断片も保持していることを意味するという。さらに2つの断片を接触させると、自発的に融合してほとんど元と同じ紡錘体になることも明らかになっている(画像5)。これらの結果から、紡錘体の大きさは微小管量と相関があり、紡錘体の形や微小管密度は「切断」という物理的操作を行っても動的に維持されることが判明した。

画像5。実験結果の模式図。2つの断片を接触させると融合する

今回の研究によって、紡錘体の自己組織化における重要な構造パラメータが導出されたことは、規則的な生体構造の「自己組織化」のメカニズムという物理的視点だけでなく、正確な染色体分配のメカニズムの解明という点で、生物学的、医学的にも重要な意味を持つという。また、ほかの生体構造における自己組織化のメカニズムを解明するためのヒントを得られるものであり、生体物質を用いた人工構造物の設計方法の確立にもつながると期待されるとしている。