科学技術振興機構(JST)と新潟大学は10月2日、糖尿病の発症に関わる新たな分子を同定し、そのカギ分子機能の阻害が新たな糖尿病の治療標的となることを明らかにしたと発表した。

成果は、新潟大 南野徹教授らの研究チームによるもの。研究はJS 課題達成型基礎研究の一環として行われ、詳細な内容は米国東部時間10月1日付けで米科学誌「Cell Metabolism」に掲載された。

動物個体と同様に、1つ1つの細胞にも寿命がある。過剰な細胞分裂や酸化ストレスなどによる染色体の傷害によって細胞が老化してゆき、最後には分裂が止まって寿命を迎えるのだ(画像1)。細胞の老化の過程には、染色体傷害によって引き起こされる「p53依存性のシグナル」が重要であることは知られていた。

画像1。細胞老化のメカニズム。染色体障害によってp53依存性シグナルが活性化され、細胞老化が誘導される

細胞の老化と個体の老化との関連は不明な点があるが、これまでに、その関連を示唆する研究結果がいくつか報告されている。例えば、高齢者や早老症候群の患者から得られた細胞の寿命は短いこと、加齢に伴って老化細胞が蓄積することなどだ。また南野教授らは、細胞の老化が血管の老化・動脈硬化に関与することや、p53依存性のシグナルが心不全を促進することを過去に報告している。

近年、これらの循環器疾患の発症基盤として、糖尿病やメタボリック症候群といった代謝性疾患が重要視されるになってきた。これらの疾患では、肥満に伴う内臓脂肪の蓄積と炎症、それによって引き起こされる「インスリン抵抗性」がその病態の基盤にあると考えられている。さらに研究者らは、肥満に伴う内臓脂肪の老化、すなわち、p53依存性のシグナルの活性化が、脂肪組織の炎症とそれに伴うインスリン抵抗性を引き起こす重要なメカニズムであることを報告済みだ(画像2)。

なお糖尿病の話題で「インスリン」をセットでよく耳にするかと思うが、これは細胞に働きかけて血液中のブドウ糖(血糖)の取り込みを促進するホルモンで、インスリンを投与(負荷)すると、一時的に血糖値が低下する。血糖値の低下率が悪い場合、インスリン抵抗性の状態にあると考えられるというわけだ。

その一方でブドウ糖を投与(負荷)すると血糖値が一時的に上昇するが、インスリンの働きにより元の値に戻る。血糖値の上昇が大きく、また元の値に戻るのが遅い場合、インスリン分泌量が低いか、インスリン抵抗性の状態にあると考えられるのである。

しかし、内臓脂肪におけるp53依存性のシグナルの活性化が、どのようにして脂肪組織の炎症を引き起こすのかについては今もって明らかとなっていない。そこで南野教授らの研究チームは今回、脂肪細胞の老化と炎症の関係を解明することも目標として取り組んだのである。

画像2。脂肪の老化と炎症

今回南野教授らが解明したのが、タンパク質「セマフォリン3E」が脂肪細胞の老化と脂肪組織の炎症を結ぶカギ分子として働くことだ。セマフォリン3Eの受容体としては、「プレキシンD1」が同定されている。これまでの報告から、p53依存性のシグナルによって産生量の調整を受ける可能性のあることが示唆されていた。

まず、内臓脂肪におけるセマフォリン3Eの産生量についての検討が行われたところ、高カロリー食を与えて2型糖尿病を起こさせたマウスの脂肪細胞で、セマフォリン3Eの遺伝子発現量が増加していることが判明(画像3・4)。この2型糖尿病マウスに、セマフォリン阻害薬を投与したり、あるいはセマフォリン3E遺伝子の欠損マウスに高カロリー食を与えたりした時に、脂肪組織の炎症は抑制され、インスリン抵抗性が改善したのである。逆に、セマフォリン3Eを脂肪組織で過剰に産生させたマウスモデルでは、脂肪組織の炎症が起こり、糖代謝異常が認められた(画像6~9)。

糖尿病の脂肪細胞によりセマフォリン3E発現が上昇する。画像3(左):2型糖尿病マウスモデルの脂肪細胞において、セマフォリン3Eの遺伝子発現が上昇していることが確認された。画像4(中)・画像5(右):脂肪組織の脂肪細胞におけるセマフォリン3E産生の増加(画像5矢印)が認められた。画像4と5の中の緑は細胞膜、青は細胞核、黒い空洞は脂肪細胞が蓄える脂肪滴

セマフォリン3Eの作用が脂肪組織の炎症とインスリンの作用に関与する。高カロリー食負荷による糖尿病マウスにおいてセマフォリン3Eを阻害すると、脂肪組織における炎症性サイトカイン(TNF-α、MCP-1)の遺伝子発現量が低下し(画像6(左))、インスリン抵抗性が改善した(画像7)

セマフォリン3Eの作用が脂肪組織の炎症とインスリンの作用に関与。一方、正常食にて飼育しているマウスの脂肪においてセマフォリン3Eを過剰産生させると、脂肪の炎症性サイトカインの遺伝子発現量の増加(画像8(左))と糖代謝異常(インスリン抵抗性)が認められた(画像9)

一方、脂肪組織におけるプレキシンD1の存在場所を調べると、さまざまな組織で炎症反応を引き起こす免疫細胞の1種である「マクロファージ」の表面に多く存在することが明らかになった。さらに、2型糖尿病マウスの脂肪細胞から産生されるセマフォリン3Eが、このマクロファージのプレキシンD1に作用して、脂肪組織へマクロファージを遊走させる(引き寄せる)因子として働くことが判明したのである(画像10・11)。これにより、セマフォリン3Eにより、脂肪組織内へ遊走してきたマクロファージが脂肪組織の炎症を引き起こす可能性が示唆された形だ。

マクロファージとプレキシンD1。画像10(左):プレキシンD1は糖尿病マウスの脂肪組織において、マクロファージに存在していることが確認された。画像11(右):セマフォリン3Eはマクロファージを遊走させることが知られている「MCP-1」と同様にマクロファージを遊走させる活性を有していることが判明

次に、セマフォリンと脂肪細胞の老化の関係を調べるために、2型糖尿病マウスモデルの内臓脂肪におけるp53依存性シグナルの活性化をp53の遺伝子欠損によって抑制すると、セマフォリン3Eの産生が減少し、脂肪組織の炎症が改善することが確かめられた。その検査結果のグラフが、画像12だ。脂肪細胞特異的にp53遺伝子を欠失したマウスを、高カロリー食を食べさせて糖尿病にした時の脂肪組織におけるセマフォリン3E、炎症性サイトカイン(TNF-α、MCP-1)の遺伝子発現量。セマフォリンの遺伝子発現の増加が抑制され、炎症性サイトカインの遺伝子発現も低下していた。

逆に、脂肪細胞の老化を促進すると、セマフォリン3Eの産生が増加し、脂肪組織の炎症やインスリン抵抗性を引き起こしたのである。これらの変化は、セマフォリン3Eの阻害によって改善したことから、セマフォリン3Eは、脂肪細胞の老化と炎症を仲介している重要な分子であることが明らかとなった。画像13が、脂肪の老化に伴う糖代謝異常に対するセマフォリン阻害効果を調べた結果のグラフ。普通食を与えたマウスに、マウスp53活性化薬(キナクリン)を用いて脂肪細胞の老化を促進すると、インスリン抵抗性と糖代謝異常が観察された。しかしセマフォリン3Eの産生を阻害することで、それらは改善されたのである。

画像12(左):脂肪の老化とセマフォリン3E。画像13(右):脂肪の老化に伴う糖代謝異常に対するセマフォリン阻害効果

さらに、2型糖尿病患者の血中セマフォリン3Eが増加していたことから、ヒトの糖尿病においてもセマフォリン3Eによって誘導される脂肪組織の炎症がその病態に関与していることが考えられるという(画像14)。またこれらの結果から、糖尿病の発症に重要な脂肪細胞の老化と炎症を結ぶカギとして、セマフォリン3Eが同定され、その阻害が2型糖尿病の新たな治療標的となりうることが示されたというわけである(画像15)。

画像14(左):糖尿病患者におけるセマフォリン3E。正常者(n=10)では検出限界以下であった血中セマフォリン3E濃度は、糖尿病患者(n=25)で高値を示した。画像15(右):セマフォリン3Eと糖尿病。高カロリー食負荷に伴って脂肪におけるp53シグナルが活性化されると、セマフォリン3Eの産生が増加する。脂肪組織から産生されたセマフォリン3Eは、マクロファージ(MΦ)に存在するプレキシンD1に作用して、マクロファージの脂肪組織への遊走を促進することによって脂肪組織の炎症を誘導し、インスリン抵抗性を引き起こす仕組みだ

p53はがん抑制遺伝子として有名で、発現量の低下や機能の喪失によってがんの発症を促進する可能性があるという。その一方で、p53シグナルが過剰になると細胞は老化し、加齢に伴うさまざまな疾患への関与が予想されるとする。セマフォリン3Eは、p53シグナルの活性に直接影響を与えないため、その阻害は、がん化の危険性の少ない「加齢に伴うさまざまな疾患治療」につながる可能性があるとした。