東京大学(東大)は9月5日、黄砂の一因と考えられている中国北西部およびモンゴル共和国北東部における家畜の冬季放牧が、動物の成育にも効果がないとする研究結果を発表した。

同成果は同大大学院農学生命科学研究科の高橋太郎 助教、中国・甘粛農業大学 草地学部の鄭陽 助教、オーストラリア・チャールズスタート大学 農業革新センターのDavid Kemp教授らによるもの。詳細は国際誌「Grassland Science」に掲載された。

中国北西部およびモンゴル共和国北東部の乾燥地帯は、農業生産に利用できる水が少なく作物生産に適さないため、伝統的に家畜の放牧を基盤とする農業が行われてきたが、近年の人口増加や羊毛価格および食肉価格の上昇に伴い家畜の数が増加、放牧草地のバイオマスの総量が長期的に減少する、いわゆる過放牧の状態が観察されるようになっている。特に、放牧草地のバイオマス量が少ない冬季の間に行われる放牧は、大きな風速と相まって土壌の飛散を促進してしまうため、砂漠化の一因となり、ひいては日本への黄砂の飛来量も増やしていると考えられるようになっている。

そうした冬季放牧による砂漠化促進については、以前から複数の研究者からその関係性が指摘されてきたが、そうした因果関係を実験にて確かめるためには体感温度が-30度を下回る環境での継続的なデータ収集が必要であるため、実際に実験が行われることはほとんどなかったという。また、冬季放牧は家畜農家の所得を守るための必要悪との見方が一般的であったため、砂漠化を防ぐために放牧を禁止するためには農家にどれくらいの補償金を払えばよいかという、農民所得と自然環境の間のトレードオフという視点で対応策が議論されることが多く、自然環境を悪化させることなく農民所得の向上を目指すという、いわゆるパレート改善のための方策が検討される機会は限られていたという。

そうした課題を受け、研究グループは今回、最初にコンピュータ上で独自の生物経済モデルを設計、中国・内蒙古自治区の放牧地帯を例に、冬季放牧を行う現在の家畜生産方法について、放牧草地と家畜体内それぞれにおける年間を通じたエネルギー収支を推計。その結果を元に、冬季の間の放牧を中止し、放牧されている動物に与えられている量と同じ量の飼料のみを与えて舎飼にした場合の仮想的なエネルギー収支と比較したところ、放牧されている雌羊にとっては、放牧中に口にできる栄養エネルギーよりも、極寒環境の中で少ないバイオマスを求めて動き回ることに必要な代謝エネルギーの方が多いため、舎飼されている雌羊と比べて、1頭当たり毎日2.4MJのエネルギーを無駄にしていることが推計されたという。

さらにこの結果を元に、80頭の雌羊を放牧組と3000中国元以内の費用で作ることができる低予算型の簡易な動物用温室を用いた舎飼組の2組に分け、実際に成育実験を行ったところ、冬季の終わりの段階で、舎飼組は放牧組と比較して1頭当たり3kg重い体重を記録しただけでなく、畜産農家の所得に貢献する、双子や3つ子を産む確率も高くなることを確認。これらの差異を同地域の農家が実際に生産物を販売している食肉市場での経済的価値に換算したところ1191中国元となり、温室の建設費用は3季以内に回収できることも判明したという。

ちなみに、草地学の実験から普遍的な結論を導く際は、最低でも2回または3回の繰り返し試験のすべてにおいて同じ傾向が出ることを確認することが国際標準とされているため、今回のコンピュータモデリングと1回の実地試験の結果のみに基づく今回の結果が普遍的であるかどうかは、現在のところ確認できていないと研究グループは説明するが、もし今後行われる試験においても同じ傾向が確認できた場合、これは乾燥地における家畜生産において、農民所得と自然環境の間に必ずしもトレードオフが存在しないことを意味することとなり、砂漠化の拡大につながらない、新しい畜産システムの設計に結びつくことが期待されるとコメントしている。