京都大学と首都大学東京は7月31日、非磁性の単純金属であるパラジウム-コバルト酸化物の磁場による電気抵抗の変化(磁気抵抗効果)を測定し、巨大な磁気抵抗効果が現れることを発見したと発表した。

同成果は、同大 理学研究科 米澤進吾助教、前野悦輝教授、首都大学東京 高津浩助教(前理学研究科博士後期課程)の研究グループ、および大阪市立大学、大阪大学、広島大学の研究グループによるもの。詳細は米国の物理学会誌「Physical Review Letters」の電子版に掲載される。

磁場によって物質の電気抵抗が変化する磁気抵抗効果は、HDDなどの磁気記録媒体からの情報の読み出しに、磁気抵抗素子が使われるなど、情報化社会の発展に大きく寄与してきた。現在、読み出し素子には、巨大磁気抵抗効果(Giant Magnetoresistance:GMR)という大きな磁気抵抗効果を示す磁性体多層膜を用いたものが使われており、最近では、さらに大きな磁気抵抗効果を示す超巨大磁気抵抗効果Colossal Magnetoresistance:CMR)も盛んに研究されている。

これらの巨大な磁気抵抗効果は、物質の磁気的な性質を起源としており、物質中の元素が微小な磁石(磁気モーメント)としての働きを持つ状況で、その磁石と伝導電子の相互作用を利用することによって、巨大な磁気抵抗効果を生み出している。一方、磁気的な性質を持たない金属も磁気抵抗効果を示しているが、その大きさは非常に小さいものしか知られていなかった。この場合の磁気抵抗の起源は、運動する伝導電子が磁場から受ける力(ローレンツ力)であると考えられている。

研究グループでは、パラジウム-コバルト酸化物PdCoO2に注目して研究を進めてきた。同酸化物は、伝導電子を豊富に持つ、磁気的な性質は持たない、電子状態が単純であるなどといった面から、多くの意味で単純金属であると言える。特徴は、パラジウム原子の層とコバルト-酸素の層が交互に並んだ積層構造を持っている点で、同物質の伝導電子は、パラジウム原子の層に閉じ込められて2次元的に振る舞う。この2次元電子は伝導性が極めてよく、PdCoO2の層方向の電気伝導率は酸化物の中でも最高レベルの値を持っている。一方で、層の間の電気伝導率は、層に平行な方向の電気伝導率の数百倍程度低く、実際に2次元に近い電子状態が実現されていることが、実験的にも明らかになっている。このようにPdCoO2は、非常に導電性の高い2次元的な電子状態が自然に形成されている。

図1 PdCoO2の結晶構造。パラジウム(Pd)の電気伝導層とコバルト-酸素から成る絶縁性のブロック層(CoO2)が交互に積層することで2次元的な電子状態が実現している

研究グループは、PdCoO2の単結晶を作製し、その層間方向の電気抵抗率について、磁気抵抗効果の温度依存性、磁場強度依存性、磁場角度依存性を調べた。その結果、非常に大きな磁気抵抗効果が起こることを発見した。磁気抵抗効果による電気抵抗の変化量は、温度-271度(絶対温度2K)、磁場14Tの環境下で、最大でゼロ磁場での電気抵抗値の350倍(35000%)にも達した。また、比較的高い温度でも大きな磁気抵抗効果は観測され、例えば温度-173度(絶対温度200K)、磁場14Tでも1.5倍(150%)、室温においても9Tで約6%の磁気抵抗効果が観測できた。

これまでに知られている単純金属の磁気抵抗効果は、極低温という磁気抵抗効果が出やすい条件下でも、10T程度の磁場で数倍程度だった。今回の研究で発見されたPdCoO2の巨大な磁気抵抗効果は通常単純金属の100倍に当たり、注目される結果であるとコメントしている。

図2 PdCoO2の単結晶の写真。図の矢印の方向に磁場をかけると、紙面に垂直な方向の電気抵抗に巨大な磁気抵抗効果が表れる

図3 PdCoO2の単結晶の磁場中電気抵抗の温度依存性。磁場をある方向に印加すると、最低温度ではゼロ磁場抵抗率の350倍(3万5000%)にも達することがわかった。挿入図は第一原理計算によって得られたPdCoO2のフェルミ面と結晶軸方向、印加磁場Hの関係

この現象の原理を明らかにするため、大阪市立大学 理学研究科 吉野治一准教授と村田惠三教授は、広島大学 先端物質科学研究科 獅子堂達也助教と大阪大学 産業科学研究所 小口多美夫教授の第一原理計算を基にした、ローレンツ力に起因する磁気抵抗効果のモデル計算プログラムを開発した。

同プログラムを活用した計算結果が、実験結果をよく再現したことから、PdCoO2の磁気抵抗効果はローレンツ力に起因するものであると考えられる。つまり、ローレンツ力によって伝導電子のパラジウム原子層内への閉じ込めが極端に強まることで、電気抵抗が大きく増大したと説明できる。特に、これまで大きな磁気抵抗効果の起源になりうるとは考えられてこなかったローレンツ力が、なぜPdCoO2の場合には、巨大な磁気抵抗効果を生み出せるのかという点は注目すべき点であるとした。その理由としては、伝導電子がパラジウム層内に閉じ込められていること、六角柱状のフェルミ面を持っていること、結晶が純良で非常に高い電気伝導性を持つことの3点が重要だということが明らかになった。

図4 今回の成果で発見された巨大な磁気抵抗効果のメカニズムの模式図。ゼロ磁場(左図)では伝導電子はパラジウム原子の層に弱く閉じ込められているが、伝導電子は層と層の間にも広がっている。したがって、層と層の間を電子が飛び移ることができ、層間方向にも電気が比較的流れやすい状態になっている。一方、磁場中(右図)では、伝導電子はローレンツ力による蛇行運動のためにパラジウム層内に強く閉じ込められるようになる。その結果、層と層の間を電子が飛び移りにくくなって電気抵抗が大きくなる。PdCoO2では、層内で電子が非常に動きやすいため、この閉じ込め効果が強くなる。また、六角柱状というフェルミ面の形にも閉じ込め効果を強くする働きがある

今回の成果により、非磁性の単純金属でも巨大な磁気抵抗効果を示すことがあることが明らかになった。これは、磁気抵抗効果を利用するデバイスを開発する上で、重要な指針を与える。例えば、今回の成果で発見されたメカニズムを利用すれば、人工的に単純金属の2次元構造を作ることで、磁性元素を使わずに大きな磁気抵抗効果を示すデバイスを作ることができる可能性を示している。また、電気伝導現象の基礎学術研究の上でも大変興味深い成果と言える。加えて、同じメカニズムでの巨大な磁気抵抗効果を示す物質の開発など、物質科学的な側面での波及効果も期待できるという。

研究グループでは、PdCoO2が電気伝導を担うパラジウムの電気伝導層と絶縁的なコバルト-酸素のブロック層で構成されているため、パラジウムを他の元素に置き換えることで電気伝導性を制御したり、コバルトを他の元素に置き換えることで絶縁性や磁性を制御したりできると期待できると見ている。そこで、PdCoO2に対して元素置換を行うことで、電気伝導の大きさや次元性の変化が巨大磁気抵抗に与える影響を実験的に明らかにしていきたいとした。また、同様なメカニズムによる巨大な磁気抵抗効果を示す物質系の探索も行っていく方針としている。