総合研究大学院大学(総研大)、岡山大学、分子科学研究所(IMS)の3者は、氷が自分自身で自発的に結晶構造を乱して融解のきっかけを作り出す現象である「均一融解」の初期過程を、分子レベルで詳細に解明することに成功したと共同で発表した。

成果は、総研大 物理科学研究科 機能分子科学専攻 5年一貫制博士課程4年の望月建爾氏、岡山大大学院 自然科学研究科の松本正和准教授、IMS所長の大峯巌教授(総研大 物理科学研究科 構造分子科学教授兼任)らの共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、6月20日付けで英科学誌「Nature」に掲載された。

氷は容器に入っている場合、融点(1気圧では0℃)で容器の壁や、氷の表面から融け始める。これを「不均一融解」という。それに対して容器の壁などの界面が存在しない理想的な環境では、氷自身が自発的に結晶構造を乱し、融解のきっかけを作り出す「均一融解」という現象が起こる。例としては、氷に強い光をあてると、表面だけでなく内部からも融け出し、融けた液体の水が「チンダル像(アイスフラワー)」と呼ばれる、雪の結晶とよく似た形を氷の中に形成する。この内部からの融解が「界面が存在しない理想的な環境」に対応するというわけだ。

画像1がチンダル像の写真で、単結晶の氷の内部から融解した時に現れる模様である。写真の中の六花模様は融解で生じた液体の水で、その周りは氷の結晶。チンダル像の大きさは5mm程度だ。

画像1。氷の内部融解で現れるチンダル像の写真。(c) 中谷宇吉郎雪の科学館

この氷の均一融解は、いわゆる「一次相転移」という物理・化学の最も重要な現象の1つだ。氷の結晶は、それぞれの水分子が隣接する4つの水分子と計4本の水素結合を作っており、画像2で示されているように、規則正しく秩序を保った非常に安定な水素結合ネットワーク構造を形成している。一方で水では、水素結合は残っているが、より乱雑で無秩序な構造をしている(画像3)。均一融解において、氷の安定な構造を崩壊させ、水の乱雑な構造へと変化させる仕組み、特に秩序が崩壊し始める「きっかけ」は、実はよくわかっていない。

画像2。氷の結晶の分子構造。赤色が酸素原子、白色が水素原子。白線は分子内の酸素-水素結合、水色の線は分子間の水素結合を表す。(c) 総研大・岡山大・IMS

画像3。液体の水の分子構造。原子や線の色の意味は画像2と同じ。(c) 総研大・岡山大・IMS

そこで研究チームは今回、コンピュータシミュレーション技法の「分子動力学法」を用いて氷の融解過程を再現。特に、氷の構造における乱れの大きさを測る新しい尺度が開発され、多彩な物理化学の理論計算手法を駆使して解析が行われた。具体的には、氷の構造が乱れる最初のきっかけから、それが成長して最終的に大規模な構造の崩壊に至る過程が詳細に追跡された形だ。

シミュレーションの結果、氷の融解過程が、これまで考えられていた「微小な液滴の形成→液滴の成長→大規模な融解」という単純な経路ではなく、ある種の「格子欠陥対」の形成と分離(画像4~6)といった紆余曲折を経た複雑な過程(画像7)を経ないと、融解できないことが解明された。

水分子同士の水素結合のエネルギーは非常に強いため、温度による構造の揺らぎに誘発されていくつかの欠陥ができても、ほとんどの場合すぐに安定な氷構造へ戻ってしまう。しかし、一旦格子欠陥対が分離すると、それらの欠陥対を消して、再び完全な氷構造へ戻すのは困難であり、糸がからまりなかなか元に戻せないような現象、「水素結合ネットワークのからまり」が生じる。この欠陥対は「消えない欠陥」として結晶中に存在し続け、さらに、水素結合ネットワークの組み替えを活性化する役割も果たすことで、氷の強固な水素結合ネットワーク構造を崩壊に導く「きっかけ」になるというわけだ。

画像4(左)は欠陥対、画像5(中)は画像4の左下にある青枠の、画像6(右)は右上にある赤枠の、どちらも欠陥対の周辺構造を拡大したものだ。青枠の欠陥は、「侵入型欠陥」と呼ばれ、結晶中に1つ余分な分子が入っている。赤枠の欠陥は、「空孔型欠陥」と呼ばれ、結晶点にあるはずの分子が抜けている形。2つの欠陥は対として生成し、「フレンケル欠陥」と呼ぶ。

画像4の通りに欠陥対以外の部分は整然とした氷構造を保っており、この欠陥を消すには、結合を一旦壊しながら、画像5の橙色の矢印で記された経路をたどり、侵入型と空孔型の2つの欠陥が出会う必要がある。このように、特定の経路を通らないと完全な結晶構造に戻れない状態を「糸のからまり」と、研究チームは表現した。なお、氷の結晶中にはほかにもさまざまな種類の欠陥が存在するが、その中でこの欠陥対だけが融解を引き起こす。

また画像7は、融解過程の概略図。結晶点から離れた分子(欠陥分子)は明るい色、それらが作る水素結合は赤い線で、完全な結晶構造へ戻るための経路は橙色の矢印でそれぞれ示されている。詳しく説明すると、まずできるのが、氷から構造(a)のような欠陥分子を含む構造だ。(a)は、欠陥分子の数は多いが、氷へ戻る経路は短く、熱揺らぎで簡単に氷へ戻ってしまう。そのため、構造を破壊し、液体の水へ相転移することはない。完全な結晶構造へ戻るには、すべての欠陥分子が適切な場所へ戻る必要がある。しかし、時々失敗し、図(b)のように、侵入型欠陥と空孔型欠陥(フレンケル欠陥)が取り残される。前述したように、この欠陥対が氷へ戻らない「消えない欠陥」として存在し続け、かつ水素結合ネットワークの構造変化を容易にすることで、液体の水へと導かれるのだ。

分離した欠陥対の典型的な構造。画像4(左)は欠陥対、画像5(中)は画像4の左下にある青枠の、画像6(右)は右上の赤枠の、どちらも欠陥対の周辺構造を拡大したもの。(c) 総研大・岡山大・IMS

画像7。融解過程の概略図。結晶点から離れた分子(欠陥分子)は明るい色、それらが作る水素結合は赤い線で、完全な結晶構造へ戻るための経路は橙色の矢印でそれぞれ示されている。(c) 総研大・岡山大・IMS

今回の成果は、水という最も身近な物質を対象として、「物質(物)の相」が変化する原因は何かという最も基本的な問題に対する1つの解を与えるものとなった。広く普遍的な物理現象を分子レベルで解明したものであり、今日のエレクトロニクスを支えるシリコンのようなほかのさまざまな物質の構造変化の仕組みを明らかにすることにもつながるという。

また水そのものは、いうまでもなく生命にとって不可欠だ。例えば、タンパク質の生理学的機能にも、周りを取り囲む水が大きな寄与をしていることが示唆されている。水の構造変化に関する今回の研究は、「生命の仕組み」の解明につながるかも知れないとした。

規則正しい氷の構造の内部から、融解が始まり、液体の水が現れる様子を模式的に表したCG。(c) 総研大・岡山大・IMS

動画
動画。氷から液体へ至る全過程の映像。(c) 総研大・岡山大・IMS