名古屋大学(名大)は、有機化学的手法と物理化学的手法の融合により、カーボンナノチューブの精密合成を達成したと発表した。

成果は、同大 トランスフォーマティブ生命分子研究所 伊丹健一郎教授らによるもの。詳細は「Nature Chemistry」のオンライン版に掲載された。

カーボンナノチューブ(CNT)は炭素原子だけでできた、太さ数nm~数十nm、長さ数μm~数mmの筒状の物質である。CNTは鉄の20倍と言われる強度に加え、熱や電気を通しやすく、非常に軽い性質を持っていることから、次世代材料の1つとして期待されている。CNTは、アーク放電法やレーザ蒸着法、化学気相成長法など物理化学的な手法で作られているが、このような製法では現在のところ様々な直径・構造を持つCNTの混合物としてしか得ることができないのに加え、これら混合物の完全な分離・精製は未だ達成されていない。

これまでの研究で明らかにされたCNTの物性のほとんどは上記混合物の平均値であり、純粋なCNTの物理化学的な性質を調べることができなかった。例えば、CNTは同じ直径であっても側面の炭素原子の配列が異なると、金属のような導電性を示したり、半導体のような性質を示すなど、バラつきがあるため、CNTの作り分けや分離の手法は高機能電子材料への応用のために不可欠されている。

これまで、研究グループでは純粋なCNTを合成するための新しい方法論を提案してきており、原子と原子の結合を精密に組み立てていく有機合成化学の手法を駆使し、CNTの最短骨格であるカーボンナノリングを構築した後、これらをテンプレートに積み上げ伸ばしていくことで純粋なCNTが合成できることを考案。すでに10種類以上のカーボンナノリングの合成に成功しており、これらを用いた純粋CNT合成に期待が高まっており、今回、初めてカーボンナノリングをテンプレートに用いてCNTを精密合成することに成功したという。

原子と原子の結合を精密に組み立てていく有機合成化学の手法を駆使することで、CNTの最短骨格であるカーボンナノリングを構築し、積み上げ伸ばしていくことで純粋なCNTが合成できる

具体的な合成方法は、化学合成したカーボンナノリングをサファイア基板上に塗布し、エタノールとともに500℃で加熱するだけというシンプルな方法となっている。CNT合成法として広く用いられている化学気相成長法に則っているが、一般的に化学気相成長法が金属触媒を必要とするのに対し、今回の手法では一切用いない。透過型電子顕微鏡(TEM)観察とラマンスペクトル測定によって、CNTが基板上に生成していること、使用したカーボンナノリング(直径1.6nm)に対応した直径のCNTが選択的に得られていることを確認したという。より小さなカーボンナノリング(直径1.2nm)を用いると、より細いCNTが選択的に得られることや、カーボンナノリングを塗布しないとまったくCNTが得られないといった実験的事実からも、カーボンナノリングがCNTのテンプレートとなっていることが判明しており、研究グループでは、テンプレートに用いるカーボンナノリングの大きさを選ぶだけで、リングの直径に対応したCNTを作り分けることができることから、画期的な手法であるとしている。

なお、研究グループでは今後、同手法によって得られるCNTの直径と側面構造の分布についてより詳細な分析を行っていくほか、直径と側面構造が完全に均一なCNTの合成を実現するために、テンプレート(有機化学的手法)と伸長法(物理化学的手法)の双方を改良していく予定。

また、今回のCNT合成法は、カーボンナノリング合成に用いた「有機化学的」手法と、リングからチューブへの伸長に用いた「物理化学的」手法(化学気相成長法)の融合によって実現した成果であり、今後この分野における異分野融合研究を加速させるきっかけになると思われることから、今回の成果はナノカーボン科学と有機合成化学における金字塔であり、今後多くの科学者が参入する新しい分野の幕開けになるだろうとコメントしている。

実験の模式図(左)、使用した2種類のカーボンナノリングとそれらの直径(右)