北九州市立大など、DDS候補の「高分子ミセル粒子」の内部構造を精密解析

科学技術振興機構(JST)、北九州市立大学、東京大学、東京慈恵会医科大学、高輝度光科学研究センター(JASRI)の5者は1月29日、次世代の薬物運搬方法のドラッグデリバリシステム(DDS)として期待されている数100本のひも状高分子が凝集した「高分子ミセル粒子」の内部構造を、大型放射光施設「SPring-8」の安定したX線計測システムと、「小角X線異常散乱(ASAXS)」という技法を用いて精密に解析し、粒子内部に薬剤がどのように保持されているかを明らかにしたと共同で発表した。

成果は、北九州市立大の櫻井和朗教授、東京慈恵会医科大の横山昌幸准教授らの研究グループによるもの。研究はJST課題達成型基礎研究の一環として行われ、詳細な内容は近日中に米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」オンライン版に掲載される予定だ。

製薬メーカーでは、効果的な薬効を目指してさまざまな新規化合物の探索がなされている。しかし、そうして見つかった新規化合物の中には、副作用の強さから、たとえ高い効用が見込まれていても実用化に結びつかない例も数多い。

通常、薬剤は体内に投与すると血流に乗り全身へと拡散する。このため、患部へ届く薬剤の量は投与量の1000~1万分の1程度に激減してしまう。こうして患部では効果が減ってしまうにも関わらず、患部以外の部分に届けられた薬剤が正常な組織を破壊し、重大な副作用を引き起こしてしまうこともある。

特に、細胞の増殖機能を強力に抑える抗がん剤ではこの副作用の問題が深刻だ。これらに対する解決策の1つとしてDDSがある。DDSは薬剤をナノサイズのキャリアに封入し、患部で選択的に薬剤を放出させる仕組みだ。

特に、がん細胞はナノサイズの粒子を取り込む性質があるため、この効果を利用して、ナノサイズの粒子に抗がん剤を閉じ込めたDDS粒子を使ってがんに選択的に薬剤を送達する仕組みが提案されている。

DDSナノ粒子の研究は世界で行われているが、日本は先端を走っている国の1つだ。その中で、JSTの戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)のメンバーである横山准教授らが研究している高分子ミセルは、人への臨床試験のフェーズIII(臨床試験の最終段階)が進められている。

高分子ミセルにおいて薬剤を取り込んだり、放出したりするメカニズムは、直接DDSの働きに結びついており、このメカニズムの解明はDDSキャリアの開発、改良において強力な手がかりとなるのはいうまでもない。しかし、高分子ミセルはナノサイズであるため、これまで電子顕微鏡などを用いた直接観察は不可能だった。

画像1は、高分子ミセルの概略。親水性と疎水性からなるブロック共重合体の自己会合により形成され、内核-外殻構造を持つナノ粒子だ。疎水性の内核(コア)には疎水性の分子を取り込むことができ、水に溶けにくい薬剤を取り込むDDSキャリアとしての応用が期待されている。また、親水性の外殻(シェル)は体内の免疫作用による排除を受けにくいステルス効果を発揮し得る仕組みだ。

画像1。高分子ミセルの概略

X線は物質透過性の光であるために対象を非破壊で、その内部の情報まで明らかにすることが可能なことから、実際にDDSキャリアの構造の決定にも広く利用されている。

日本には世界でもトップクラスの第3世代放射光施設SPring-8(理化学研究所が所有し、JASRIが運用)があり、生命現象の根幹であるタンパク質の構造解析などで、薬剤開発の分野においても大きな貢献をしてきた。今回、ここで得られる高強度のX線を利用することでキャリアの詳細を鮮明にすることを目指した形だ。

SPring-8をはじめとする、第3世代の放射光施設では、安定で極めて強力なX線源を用いた先進的な構造解析に関する技術開発が進んでいる。今回の研究で用いられたASAXSもその1つだ。

CRESTの雨宮教授と篠原助教のグループでは、このASAXSをタンパク質やコロイド、ミセルなどのソフトマテリアルに適用できるような研究開発を長年行ってきた。ソフトマテリアルにおけるASAXSの応用は、世界でも始まったばかりであり、日本ではほとんど行われていない状況である。

安定性の高いX線ビームを得るために、CRESTのメンバーである八木副部門長のグループはX線分光器とX線検出器の安定化を実施。特に今回の研究で使用した「イメージングプレートX線検出器」は、読み出し時の不安定性が従来から指摘されており、読み出し用レーザーの安定性を向上するなどして、常に良質のデータが記録できるよう改良が行われてきたのである。

従来の「小角X線散乱(SAXS)測定」技術では、測定試料中のすべての情報を反映してしまうため、複雑な系中の微細な違いを明らかにすることは困難だった。これに対しASAXSは、特定の原子のX線吸収を利用することで、SAXSから得られる全情報から特定の原子に関する情報のみを取り出し、その原子のみの集合の形状、分布の詳細を明らかにすることが可能だ。

また、X線は物質透過性の光であるため、対象を非破壊でその内部の情報まで明らかにすることもできる。ASAXSを利用し、薬剤に標識となる原子を修飾することで、キャリアの情報とは分離して薬剤の様子のみを知ることができるというわけだ。

今回のASAXSで測定した試料についてだが、高分子ミセルのキャリアは臨床試験が進められているものと成分の構造が極めて近いものであることが特長の1つ。

成分は親水性である「ポリエチレングリコール」と疎水性に加工されたペプチドからなるひも状のポリマーであり、これが、疎水部をコア(内核)、親水部をシェル(外殻)として、水中で凝集して半径15nm程度のミセル構造を形成する。

画像2。モデルとした高分子ミセルの成分(アスパラギン酸のベンジルエステルとポリエチレングリコールのブロック共重合体)。臨床が進んでいるキャリアに用いられているものに近い

一方、薬剤のモデルとして使用した化合物を示したのが画像3だ。ASAXS測定には、試料中にX線を吸収する原子の存在が必要となるので、X線を吸収する原子を持たない薬剤の代わりに臭素修飾したモデル化合物が用いられた。

これ自体には薬理効果はないが、物理的性質がほかの抗がん剤と近いためモデルとして使用された形だ。臭素を多く付加させた理由は、臭素がASAXSのプローブとして扱いやすいためである。

画像3。薬剤のモデル(プローブ分子)として使用したTBC(tetrabromocatechol)

ASAXS測定には極めて高いX線の純度が求められるが、SPring-8で得られる安定かつ強力なX線源を用いることで高精度の実験結果を得ることに成功。ASAXSの測定をミセル系に適用するために、特殊な真空セルを櫻井グループが設計を行った。従来は試料を空気中において測定していたが、ノイズを低減するため、溶液を耐圧容器に封入し、真空チャンバー内に入れて測定する仕組みにしている。

画像4は、今回用いられたASAXS装置の、従来のものとの比較。従来は試料を空気中において測定していたが、今回は溶液を耐圧容器(上)に封入して、真空チャンバー内に入れて測定が行われた。これにより、従来の空気中で測定する際に必要であった窓材を省くことができ、ノイズを大幅に低減することに成功している。

画像4。今回用いられたASAXS装置と従来のものとの比較

これまで、疎水性の化合物は同じく疎水性のコアに取り込まれると考えられてきた。今回、ASAXSを用いてモデル化合物の分布状態が調べられた結果、化合物はコアのみではなく、その外側のコアとシェルの界面にはみ出して分布していることが判明。はみ出している量は全体の5%程度であり、これらはコアとシェルの界面に作られたポリエチレングリコールの密集層の根元に1nm程度の層を作ってはみ出していることがわかったのである。

画像5は、ASAXSの概略と結果。粒子に入射したX線はさまざまな角度に散乱するので、この散乱X線の角度と角度に対応する強度の関係から粒子の構造が明らかになる仕組みだ。

また特定のX線波長を吸収する標識原子が存在すると散乱X線の強度が変化し、この変化が標識原子の状態を反映する。ミセル全体からの散乱情報と標識原子のみの散乱情報から(画像5)右下図のような構造が明らかにされた。疎水性コアの外側、親水性シェルの界面部に、はみ出した化合物の標識原子が見える。

画像5。ASAXSの概略と結果

このはみ出した部分は直接周囲の水とも接しており、DDSにおける薬剤の放出挙動にも大きく関わるものと考えられるという。通常、コア中に取り込まれた薬剤と標的細胞が直接接することは不可能だ。しかし、水と接しているこのはみ出した部分であれば標的細胞との直接の接触、ひいては高効率な送達が可能であると考えられる。

なお、このスケールでの観察は、ほかの電子顕微鏡などでは分解能の面から不可能である。また、透過性のX線を用いることで、DDSキャリアが実際に作用する水中でのそのままの形態を非破壊で観察することに成功したことにもなる。

画像6は、今回の測定結果から予想されるDDSのメカニズム。通常外殻部と細胞の接触は可能だが、内核と細胞が接触することは考えにくく、内核中の薬剤がどのように細胞に送達されるのか未解明であった。今回明らかとなった薬剤が外殻のナノ界面にはみ出して存在する構造では、ナノ界面と細胞が接触した際に薬剤が容易に細胞に取り込まれると考えられるとしている。

画像6。今回の測定結果から予想されるDDSのメカニズム

これまでDDSにおける薬剤の放出の詳細なメカニズムは未解明のまま、その結果の大小だけが重要視されてきた。今回の系では、これまで考えられてきた高分子ミセルが細胞内でほどけて薬剤が放り出されるという仕組みではなく、ナノ界面にある薬剤がナノ界面と細胞との接触時に直接受け渡しをするというメカニズムが示唆された。このような薬物の放出の具体的なメカニズムがわかると、効果的なDDSの効率のよい設計が可能となるという。

また、薬物放出の精密な人為的制御が可能になれば、病状や個人に合わせた医薬を提供するテーラーメイド医薬の実現が期待できる。例えばがんの場合は、今まで副作用が強くて使用できなかった抗がん剤をがん細胞だけに送り、そこで精密に制御された放出を行えれば、副作用を抑えながらがん細胞だけを死滅させる治療につながるというわけだ。

また、ナノオーダーの生体材料の構造がX線により精密に測定でき、さらに可視化できたことは、未解明な部分の多い生体材料の微細構造解析に大きく貢献するものと期待されると、研究グループは述べている。

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