基礎生物学研究所(NIBB)は1月23日、東京大学、玉川大学との共同研究により、マウスが道具を使う運動を行う際の、大脳皮質運動野の数10個の神経細胞の活動を同時に計測することに成功し、行動に関わる平均8個の神経細胞からなる微小な神経ネットワークを見出し、この神経細胞集団の活動のパターンから、マウスが行動を起こすタイミングの予測にも成功したことを発表した。

成果は、NIBBの松崎政紀教授、東大大学院 医学系研究科の平理一郎大学院生、同・河西春郎教授、同・狩野方伸教授、同・喜多村和郎准教授、玉川大 脳科学研究所の礒村宜和教授らの共同研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、北米神経科学会誌「The Journal of Neuroscience」1月23日号に掲載された。

ヒトは、歯ブラシを上手に使いながら歯を磨くことができるし、少し練習すればiPadで次から次へと指タッチ(フリック)で画面を変えるといったこれまで使わなかった新しい操作も可能だ。このような自己の意思、意図に基づく運動のことを「随意運動」と呼び、この運動を制御する大脳の領域は前頭葉にある「運動野」として知られている。

行動を制御する脳の働きを理解するためには、運動野の神経細胞の活動を把握することが不可欠だが、これまでの知見のほとんどは電極を用いた計測によるもので、電気記録した細胞がどの細胞なのかを「見る」ことが難しく、記録した細胞の脳内での微細分布の解析が困難だった。

ここ数年、技術の進歩により、「2光子顕微鏡」という脳の比較的深い層まで生きたまま見ることができる顕微鏡を用いて、神経細胞内のカルシウムイオンの濃度を光として測定することにより、複数の神経の活動を一度に把握することが可能になってきた。この2光子カルシウムイメージング法によって、マウスの毛づくろい、走行、舌なめ、ヒゲ運動などに関連する運動野神経細胞の微細分布は明らかになってきたが、レバーを引いたりカーソルを動かしたりなどの、手(前足)を使って道具を操作する難度の高い随意運動に関連する細胞の微細分布は調べられていなかった。

そこで研究グループは今回、マウスに前足を使ってレバーを引くと水がもらえるという課題を学習させ、2光子顕微鏡を用いて計測。その結果、その運動を行っている時の大脳皮質運動野の神経細胞の活動を、数十個同時に計測することに成功し、レバー引きに関連して活動を示す多数の神経細胞の分布の詳細を明らかにした(画像1)。

画像1。左はマウスが前足を使ってレバー引きを行っている(上)期間に、運動野の2光子カルシウムイメージングを行うと、多数の神経細胞(下)の活動を計測できる様子。楕円形が1個1個の神経細胞だ。この際、右のようにレバー引き(紫色)に同期して蛍光上昇を示す細胞が多数発見された

レバーを引いている時に最も強く反応する神経細胞群は、直径70μm程度、平均8.3個からなる微小な神経ネットワークを形成していることがわかったのである。また、この領域の神経細胞集団の活動パターンから、マウスがレバーを引くタイミングの行動を予測することにも成功した(画像3)。

画像2。自発的な運動のためレバー引きの間隔はまちまちであるにも関わらず(灰色)、神経細胞の時々刻々変化する活動パターンからレバーの動きを予測すると、かなりの正確さで実際のレバー引きを予測できた(黒)

今回の研究により、動物が道具を使った運動を行う際の大脳皮質の神経細胞集団の活動パターンが明らかとなった。また動作を反映する、神経細胞同士の微小なネットワークが存在することも確認された形だ。

今回の研究は、大脳皮質の微小な神経ネットワークの存在が、随意運動の行動の発現に重要であることを示すもので、ヒトが日々道具を使った運動を学習して、安定して行動できるようになることの脳における局所的な回路動作の一端を明らかにするものだという。

また、パーキンソン病を含む神経変性疾患では、神経ネットワーク形成に異常がある可能性があることから、今回の技術は神経細胞活動と運動疾患の関連性を明らかにするための1歩になるとするほか、脳が持つ高い学習・適応能力の生物学的メカニズムの解明にも役立つことが期待されると、研究グループではコメントしている。