大阪大学(阪大)、キヤノン、科学技術振興機構(JST)、名古屋大学(名大)の4者は11月12日、独自に開発した解析アルゴリズムを併せて用いることで、生体組織の3次元構造や構成物質の組成差を、あたかも各種の染色剤を使って染色したかのように可視化することができる、波長の高速切り替えが可能なレーザーを用いて生体組織を高速かつ無染色で観察する顕微鏡を開発したと発表した。

成果は、阪大大学院工学研究科の小関泰之助教、同・伊東一良教授、同・福井希一教授、元同大学院生の梅村航氏、同・住村和彦特任助教、キヤノンの橋本浩行室長、同・大塚洋一博士、同・佐藤秀哉博士、名大の西澤典彦教授らの共同研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、英国時間11月11日付けで学術誌「Nature Photonics」のオンライン速報版に掲載された。

基礎医学、臨床医学や生物学において、生体組織を観察することは、病変部位の診断や組織形成の研究のための重要な技術だ。しかし、多くの生体組織は透明であるため、観察する際は組織の加工や染色が必要である。ただし、これには多くの工程と数10分程度の時間を要し、熟練も必要だ。このため、生体組織を迅速かつ鮮明に観察できる技術が求められている状況である。

また、生体組織の構造を3次元的に可視化するためには、組織を薄片化し、多数の2次元画像を重ねる必要があるなど、とてもコストと手間がかかるのが課題だ。

そうした中、近年になって染色が不要でかつ3次元分解能を持つ観察手法として、2色のパルスレーザーを用いた「誘導ラマン(Stimulated Raman scattering, SRS)顕微鏡」が注目されている。これは、生体分子の分子振動に由来する「ラマン効果」を高感度にとらえ、生体をリアルタイムに可視化することができる技術だ。

しかし、従来のSRS顕微鏡では、レーザーの波長で決まる特定の周波数の分子振動しか検出できないという課題があった。このため、生体組織を構成する異なる分子が持つ振動スペクトルのわずかな違いをとらえることは困難だったのである。

そこで研究グループは、波長を高速に切り替えられるパルスレーザーを開発すると共に、このレーザーを用いた「ビデオレートSRS顕微鏡」を実現した。この顕微鏡は500×480ピクセルの画像を1秒間あたり30.8フレーム取得可能だ。そして、フレームごと、すなわち1秒間に30.8回レーザーの波長を変化させることで、さまざまな周波数の分子振動を短時間に検出することができるのである(画像1)。

画像1。波長可変レーザーを用いたSRS分光顕微鏡の動作の模式図。500×480ピクセルの誘導ラマン像を1秒間に30.8フレーム取得しつつ、フレームごとにレーザー波長を変化させる。その結果、各ピクセルにおいて生体試料の分子振動スペクトルの情報を得ることができる

さらに、わずかな振動スペクトルの違いを画像化するための解析手法も開発された。これらを用いてラットの肝臓(厚さ0.1mm)を観察し、データを解析したところ、脂肪滴、細胞質、細胞核、線維、および類洞などの2次元分布(画像2)や、血管壁の線維の3次元分布(画像3)を可視化することに成功したというわけだ。

画像2。ラットの肝臓組織の無染色観察例。A:脂肪滴、B:細胞質、C:線維、D:細胞核、E:類洞(毛細血管)、F:白血球(好酸球)、スケールバーは20μm

画像3。ラットの肝臓の血管周辺の線維構造の3次元無染色観察例。観察領域は130μm×125μm×80μm

また、マウスの小腸の絨毛を構成する細胞の3次元的な配置をとらえ、細胞の種類を形態的に識別することにも成功した(画像4・5)。さらに、観察性能の高速性を活用し、息をして動いているマウスの皮膚内部の構造を可視化することにも成功している。

画像4・5。マウスの小腸の絨毛の無染色観察例。厚さ100μmの組織切片内部において、5.6μmずつ深さを変えながら観察された。青:細胞核、赤:細胞質。スケールバーは20μm

今回開発された顕微鏡は、基礎医学・分子生物学における研究ツールとして、また、医療分野においては組織の異常を調べるための高感度で再現性のある検査技術として応用され、患者および医師の負担を軽減することが期待されるという。研究グループによれば、今回の技術は、今後、レーザー光源の実用性をさらに高めることで、数年以内に実用化が可能となるとしている。