名古屋大学(名大)などの研究チームは、エイズウイルス(HIV)の増殖を制御する細胞内タンパク質APOBEC3Cの分子構造を決定し、エイズ治療の新しい標的となりうる分子上のポケット構造を発見したことを発表した。

同成果は、国立病院機構名古屋医療センター臨床研究センターの岩谷靖雅 室長、名古屋大学シンクロトロン光研究センターの渡邉信久 教授ならびに名大大学院工学研究科の北村紳悟 大学院生らによるもので、科学雑誌「Nature Structural & Molecular Biology」に掲載された。

エイズウイルス(HIV)感染症の治療薬は進展したものの、未だ根治には至っておらず、生涯薬を飲み続けなければならない状況となっている。そのため長期的な服薬による副作用や薬が効かなくなる耐性ウイルスの出現が懸念されており、新規薬剤の開発が求められている状況だ。

ヒトの体のリンパ球内には、ウイルスに対する防御タンパク質(APOBEC3ファミリー)があるが、HIVは自身が作り出すタンパク質「Vif」によってAPOBEC3を分解してしまうため、HIVはその防御システムから逃れ、体内で増殖することとなる。そのため、世界中でVifによるAPOBEC3の分解を抑え、細胞が本来もつ防御システムを生かすことでエイズウイルス増殖を抑制する薬の探索が進められている。しかし、現在、両者の分子構造(タンパク質の形)は解明していないため、薬剤開発の大きな課題となっていた。

今回、研究チームは、X線結晶解析によりAPOBEC3ファミリーの1つであるAPOBEC3Cタンパク質の分子構造の決定に成功した。さらに、その分子構造情報を手掛かりに遺伝子工学的技術を用いて、Vifが相互作用するAPOBEC3C 上のポケット構造も見出し、同ポケット構造が、他のAPOBEC3にも保存されている証拠も示した。

X線結晶構造解析法によって決定されたAPOBEC3Cタンパク質の分子構造。左図は分子構造の2次構造表示で、Vif結合に重要な残基(緑と黄緑)が示されている。一方の右図はタンパク質表面表示で、Vifが結合するポケット構造(点線囲)が示されている

研究チームでは、今回の成果について、Vifが相互作用するポケットを塞ぐことでエイズウイルスによるAPOBEC3の分解を防ぐ薬の探索に道筋をつけることができるようになることから、新しいエイズ治療薬の開発に向けた動きを加速できるものとの期待を示している。

阻害薬によるAPOBEC3の分解を防ぐ仕組みのイメージ図。(1)がウイルス感染細胞ではVif がAPOBEC3と結合し分解するイメージ。(2)がVifが相互作用するポケットを塞ぐ阻害薬によってAPOBEC3の分解を阻止するイメージ