東京学芸大学は9月12日、従来より知られていた細胞の浸透圧調節の仕組みとは異なる新しい仕組みを発見したと発表した。

成果は、東京学芸大 教育学部生命科学分野の中山義敬博士(日本学術振興会特別研究員)、飯田秀利博士(生命科学分野教授・附属小金井小学校長)らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間8月22日付けで英国科学誌「Nature Communication」に掲載された。

お風呂に長く入っていると、手の指がふくれるのは小さな子どもでも知っている事実だが、ふくれ過ぎて細胞が破裂することはない。その理由は、浸透圧により細胞の中に水が入ってきても、細胞膜にあるイオンチャネルというタンパク質などがカリウムイオンや水を細胞の外へ直接放出するからだ。よって、浸透圧調節は生物にとって、生命の維持に必要不可欠な機能だ。

浸透圧調節ができないと、例えば、血液の赤血球は真水にさらされると水が流入して、細胞が破裂したり、イオンの恒常性が破綻したりしてしまう。生物はこうした生存の危機を回避するため、浸透圧の調節用の実に巧妙な機構を持つ。

低浸透圧刺激にさらされた細胞はイオンや「グリセロール」などの高浸透圧の原因となる物質を細胞外に放出し、細胞内と外の浸透圧の差をなくそうとする。この応答を行うために細胞は浸透圧という物理的な力を認識しなければならないのはいうまでもない。

しかし、浸透圧を感知するためのセンサ分子が何なのかは、実はよくわかっていなかった。物理的な力によって開口する「機械受容チャネル」が、浸透圧センサとして働く分子の有力候補だろうとは推測されてはいたが、バクテリアからヒトまで多種多様な機械受容チャネルが存在しており、どの機械受容チャネルが浸透圧センサの分子実体として働くのかわかっていないというのが現状だ。

そこで研究グループは、「分裂酵母」を用いて浸透圧センサとして働く新たな機械受容チャネルを同定し、低浸透圧ストレス応答の分子メカニズムを解明することに挑んだのである。

研究グループは、浸透圧センサを同定するためにバクテリアの機械受容チャネル「MscS」の「ホモログ」に注目した。MscSは低浸透圧応答に働く機械受容チャネルとして知られている。しかし、真核生物のMscSホモログは葉緑体など細胞内の「オルガネラ膜」で見つかっていたが、浸透圧応答における機能は明らかにされていなかった。

分裂酵母のゲノムから2つのMscSホモログ遺伝子を見つけ、これらを「Msy1」と「Msy2」と、研究グループは名付けることにした。そして、Msy1とMsy2の遺伝子破壊株(msy1-msy2-二重欠損株)を作製し、低浸透圧応答における役割が調べられたのである。

この遺伝子破壊株を使った実験から4つのことが確認され、Msy1とMsy2は低浸透圧応答に必要な小胞体膜上の機械受容チャネルであることが明らかになった。

1つ目は、Msy1とMsy2の遺伝子は浸透圧ストレス後、5倍以上に発現量が上昇することがわかった。そしてMsy1とMsy2の遺伝子を破壊した場合は、低浸透圧刺激後の細胞の生存率が低下したのである。

2つ目は、Msy1とMsy2の遺伝子が破壊された細胞では、低浸透圧刺激時の細胞の体積、細胞内カルシウム濃度が野生株の細胞よりも増大することが判明した(画像)。

3つ目は、Msy1とMsy2のタンパク質に蛍光物質をつけて細胞内での存在場所を調べた結果、両者とも小胞体膜に存在していることを確認。ただし、Msy1は核周辺の小胞体の膜に、Msy2は細胞膜周辺の小胞体の膜に存在していた。

4つ目は、Msy1を大腸菌に発現させて、膜に張力を与えたところ、イオンチャネル電流の計測に成功したのである。

以上の結果を総合すると、Msy1とMsy2は小胞体で低浸透圧を感じている機械受容チャネルであると考えられると、研究グループは結論づけた。

なお、画像は低浸透圧刺激後の細胞内カルシウム濃度の変化をまとめたもの。細胞内カルシウム濃度の高さが色で表されている。緑、黄、赤の順にカルシウム濃度が低濃度から高濃度であることを示す。

野生株(WT)では、低浸透圧刺激後に細胞内カルシウム濃度がわずかに上昇する。ところがmsy1-msy2-二重欠損株では、野生株に比べて細胞内カルシウム濃度が異常に上昇することがわかった。このことは、Msy1とMsy2が低浸透圧刺激後のカルシウム濃度の調節に関わっていることを示している。

低浸透圧刺激後の細胞内カルシウム濃度の変化。上段は野生株、下段はmsy1-msy2-二重欠損株。下の数字は低浸透圧刺激後の経過時間を示す

浸透圧調節には、細胞に存在するセンサが浸透圧という物理的な力を感知し、適切に応答することが不可欠だ。もし力を感知するためのセンサがなければ、細胞は何の防御もできず、破裂するという事態に陥ってしまう。その結果、生命の生存にとって危機的な状態になるのはいうまでもない。

今回の研究は、細胞小器官の1つである小胞体に存在する機械受容チャネルが、浸透圧センサとして働き、細胞の生存に必要な防御応答に働いているという新しい仕組みを世界で初めて明らかにした。この点で、極めて独創性が高く、意義が大きいといえると、研究グループは語る。

機械受容チャネルによる浸透圧調節は、腎臓や神経細胞の機能に重要であることが以前より指摘されているので、今回の研究はこれらの研究にも役立つものと期待されるともコメントしている。