高エネルギー加速器研究機構(KEK)、東京工業大学(東工大)、科学技術振興機構の3者は6月29日、100億分の1秒の時間分解能で、太陽電池や光触媒の基礎反応である電子移動のメカニズムを明らかにしたと共同で発表した。

成果は、KEK 物質構造科学研究所の佐藤篤志 研究員、同 野澤俊介 准教授、同 足立伸一 教授、分子科学研究所の藤井浩 准教授、東工大大学院 理工学研究科の腰原伸也 教授らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、米化学学会誌「The Journal of Physical Chemistry C」オンライン版で近日中に掲載の予定。

無限といっていい太陽光を利用する太陽電池、光触媒などを高効率化、長寿命化する開発は、エネルギー問題や環境問題の観点から喫緊の課題だ。そのカギとなっているのが、これらのデバイスすべてに共通する、光照射による物質内の電子移動である。

しかし、最も基本的な反応要素でありながら、従来の研究手法では、光照射直後に起こるメカニズムを原子レベルで分子構造も含めて詳細に明らかにすることは困難であり、新しい測定法による研究が必要とされていた次第だ。

今回の研究では、太陽電池などで使用されているルテニウムの化合物である、「ルテニウム(II)トリスビピリジン錯体([RuII(bpy)3]2+)」を測定対象とした。これは、太陽光の中で強度の高い波長領域の光(400~500nm)を吸収し、電子を放出する特徴を持つことから、光化学反応のモデル的な材料として研究されてきた物質である。

「光励起」による電子状態の変化は分子構造と結びついており、電子移動過程を包括的に理解するには、電子状態の変化だけではなく、原子レベルの分解能で分子構造と関連付けて議論することが重要だ。

これまで、光エネルギーを吸収して電子を放出する過程は、主に光学測定によって研究され、その電子移動に伴う電子状態や「ビピリジン」の分子振動の変化が明らかにされてきたが、分子構造がどのように変わるかは明らかになっていなかった。さらに、この過程は、光照射後100万分の1秒という非常に短い間に反応が終わってしまうため、その分子構造を直接観測するのは困難だったのである。

今回の研究では、KEKフォトンファクトリーの時間分解X線ビームライン「NW14A」で「時間分解X線吸収分光法」によって観測することにより、電子状態と分子構造の変化を明らかにした。

光照射後と照射前の電子状態の変化を調べたところ、光を照射することによって、100億分の1秒以内にルテニウムからビピリジン分子へ電子が移動し、ルテニウムのイオンがII価(2+)からIII価(3+)へと変化している様子が観測されたのである。

またこの高速の電子移動に伴い、ビピリジン分子がルテニウム原子に0.04オングストローム近づき、ルテニウム-ビピリジン間の分子構造に乱れが生じることも判明した。

今回の研究は、太陽電池や光触媒などの基礎反応である電子移動過程の詳細や、その際に生じる分子構造の変化を明らかにしたものである。これは太陽電池や光触媒を設計する上で重要な情報になると考えられ、さらなるデバイスの高効率化などの進展が期待できるという。

電子移動による構造変化の概念図。電子が図中の中心にあるルテニウム(緑色)から配位しているビピリジン分子に移り、その後電子がビピリジン間をホッピングしている