北海道大学(北大)は5月14日、がん細胞の肺への転移は、がん細胞表面の「硫酸化グリコサミノグリカン(GAG)多糖鎖」が、肺に特に強く発現されているタンパク質「Receptor for Advanced Glycation End-products(RAGE)」に結合することで引き起こされることが明らかになったと発表。GAG多糖鎖や抗GAG抗体だけでなく、尾静脈からあらかじめ投与した抗RAGE抗体によっても、がんの肺転移は強く阻害されることも併せて発表された。

成果は、北大大学院 先端生命科学研究院の菅原一幸特任教授らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、米国東部時間4月9日付けで科学誌「The Journal of Biological Chemistry」に掲載された。

細胞のがん化やがんの悪性化に伴うGAG多糖類の構造変化や「コンドロイチン硫酸(CS)」などのがん転移への関与は知られていたが、それらの生物学的意義や分子メカニズムは不明だったのである。

また研究グループは、Lewis博士によって樹立された、マウスのしっぽの静脈から投与したマウス肺がん細胞の転移を、イカ軟骨から調製した珍しい構造の「CS鎖(CS-E)」や、そのCS-Eにのみ結合する抗体が強く阻害することを見出していた。

今回の研究では、マウス肺を界面活性剤入りの緩衝液中でホモジェナイズ(摩り潰し)して調製した抽出液をCS-E固相化カラムにかけ、電気泳動後、CS-E結合タンパク質が数種類見出された形だ。

その2つをトリプシン消化後に「MALDI-TOF-MS(マトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間型質量分析法)」で解析したところ、共にへパリン結合性の免疫グロブリンスーパーファミリーに属するタンパク質RAGEであることがわかったのである。

Recombinant RAGEはCS-Eだけでなく「ヘパラン硫酸(HS)」とも相互作用することを確認。一方、抗RAGE抗体をあらかじめマウスの尾静脈から投与し、次にがん細胞を投与すると、がん細胞の肺への転移が強く阻害されるのが見られた。

これらの結果から、RAGEががん細胞表面のCS-EやHS鎖と相互作用して、肺転移のレセプターとして機能していることが初めて明らかになったのである。

RAGE分子上のGAG結合ドメインの構造、及びCSやHS鎖中のRAGE結合オリゴ糖配列を決定し、また、それらの「ミメティックス(擬態物質)」をコンピューターによるシミュレーションでデザインすることによっても、がん転移の阻害剤の開発が期待される。一方、それらのペプチドやオリゴ糖鎖に対する抗体を調製することによっても、創薬が期待できる次第だ。

がん、糖尿病、炎症、動脈硬化、線維化、急性呼吸器疾患、アルツハイマー病などに関わっているとされているRAGEの「リガンド(親和性低分子)」としてCSやHSが同定されたので、今回の発見によって、長期的には、それらの疾病の発症や病態へのRAGEとGAG多糖類の相互作用の関与の有無や、その分子メカニズムの解明も期待できるようになった。

今回の研究成果で、がんの転移の分子メカニズムの大筋が明らかになったため、転移抑制剤の開発方針の決定が容易になり、開発の可能性がより現実的なものになったと、菅原特任教授らはコメントしている。

がん細胞の転移には、血管内皮への接着、組織への浸潤、増殖、成長因子の分泌による血管新生の促進などのステップからなる。今回の発見は、最初の、がん細胞表面のグリコサミノグリカン糖鎖が、肺のおそらくは血管内皮に強く発現されているRAGEタンパク質に結合し、最初の接着の段階が始まることを示し、その段階を阻害すれば転移が効率よく阻害できることを明らかにした。候補となる阻害剤として、抗RAGE抗体、抗GAG抗体、RAGEペプチド、GAGオリゴ糖やそれらの人工合成疑似化合物などが考えられる