東北大学は4月6日、次世代のスピントロニクスデバイスの動作メカニズムとして注目されている「ラシュバ効果」が、半導体と金属の界面(接合面)で起きていることを突き止めたと発表した。

成果は、東北大学大学院理学研究科大学院生の高山あかり氏、東北大学原子分子材料科学高等研究機構の高橋隆教授、大阪大学産業科学研究所の小口多美夫教授らの共同研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、4月11日付けで米化学会誌「Nano Letters」に掲載される予定。

近年、電子情報機器の小型化、高速化、省エネルギー化に伴い、「スピントロニクス」技術を用いたトランジスタやダイオードなどのデバイス(素子)の開発が精力的に行われているのはご存じの方も多いはずだ。

スピントロニクスとは、電子のスピンの上向きと下向きの状態を、デジタル信号の「0」と「1」に置き換えて信号処理を行う仕組みが根幹にある技術である。電子スピンは応答が早く、スピンの伝達や制御には抵抗による熱が発生しないことから、これを利用したスピントロニクスデバイスは、超高速、超低消費電力の次世代電子素子として期待されているというわけだ。

このスピントロニクスデバイスの実現のためには、構成要素となる材料の開発が非常に重要なのはいうまでもない。すでに実用化された素子としては、強磁性金属をベースにした「磁気抵抗メモリ(MRAM)」があり、ほとんど電力を消費しないコンピュータへの期待が高まっている。

MRAMは電子のスピンをメモリ素子として利用する新しい技術で、コンピュータの情報を記憶するためにスピンの磁化状態を利用する仕組みだ。スピンの方向を制御することで素子の抵抗値を変化させ、抵抗値の大小をデジタル信号の「0」と「1」に対応させるのである。

MRAMではスピンの情報は不揮発性であるため、コンピューターの電源を切っても記憶情報が保存されるという特徴を持つ。そのため、待機電力が大幅に節約され、省エネルギー化が達成されるというわけだ。

一方、従来型素子の主力材料である半導体は、磁石としての性質を持っていないため、電気信号によりスピンの向きを揃えることができない。しかし、最近の研究によって、重い金属の表面や半導体同士の界面にラシュバ効果と呼ばれるスピンの向きを揃える効果があることがわかってきた。

ラシュバ効果は表面や半導体接合面などの2次元系に出現し、「スピン軌道相互作用」という相対論効果によって電子の運動方向とスピンの向きが連動する現象だ。この効果の影響を受けた電子は、運動方向に対して2次元面で垂直なスピンの向きを持つようになる。

スピン軌道相互作用とは、電子の「軌道角運動量」(公転)とスピン(自転)の間に働く力のことをいう。相対論効果を考慮することで導出される。電子は電荷を持っているので、原子核の周りを軌道(公転)運動すると電流が流れるため、磁場が発生。一方で、電子はスピンも持っているので、スピンの上向き、下向きという磁石の性質と軌道運動による磁場との間で相互作用が働くというわけだ。

スピン軌道相互作用はどんな物質にも存在するが、重い原子ほどその効果が顕著に現れるという特徴を持つ。そしてこのスピン軌道相互作用によるラシュバ効果を利用することで、スピントロニクス素子の高集積化・高速化が可能となると期待されているのである(画像1)。

画像1。ラシュバ効果の模式図

通常のラシュバ効果では、上向きと下向きのスピンが同じ数だけ存在するため、物質全体のスピンの総和はゼロだ。しかし、電場をかけるとある特定の方向を向いたスピンの電子数が大きくなるため、スピン流が流れるのである。

このようなスピンの振る舞いを解明し制御することができれば、新しい量子現象やスピントロニクス素子開発への可能性が広がるとして、国内外で精力的な研究が行われているのだ。

ただし、ラシュバ効果を用いたデバイス作成には大きな障害もある。1つは、実際のデバイスを構成する半導体界面では、相対論効果が弱いためにラシュバ効果も小さくなってしまうこと。もう1つは、界面の電子状態の実験的観測が難しく、そのラシュバ効果について理解が乏しかったことだ。高速・省エネルギーのスピントロニクスデバイスの開発には、これらの障害を乗り越えることが必要なのである。

今回、共同研究グループは、「スピン分解光電子分光法」という手法(画像2)を用いて、ビスマス(Bi)金属薄膜について、その電子スピン状態の決定を試みた。

画像2。スピン分解光電子分光法の原理

なおスピン分解光電子分光法とは、物質表面に高輝度紫外線を照射して、外部光電効果により結晶外に放出された電子のエネルギー、運動量、スピンを同時に測定する実験手法のことだ(画像2)。

この方法により、物質中の電子のスピンの向きや大きさが、電子のエネルギーや運動量とどのような関係にあるかを、直接的に決定することができるのである。

研究グループは、シリコン(Si)半導体表面にビスマス薄膜試料を作成し、東北大で開発した世界最高の分解能を持つ「超高分解能スピン分解光電子分光装置」(画像3)を用いて実験を行った。

画像3。超高分解能スピン分解光電子分光装置の写真

重い金属であるビスマスは、その表面において強いラシュバ効果を示し、電子は運動方向に対して垂直の向きに大きなスピンの偏りを示す。今回、研究グループは、Bi薄膜の厚さを薄くしていくと、表面電子のスピンの偏りの大きさが系統的に変化していくことを世界で初めて観測した(画像4)。

画像4の補足だが、どの厚さの膜でもスピンの上向きのスペクトル強度が強く出ており(中段)、膜の厚さが薄くなるにつれて、上向きスピンの大きさが小さくなっていることがわかる(下段)。これは、画像5のように界面の電子スピンが影響していることに対応したものだ。

画像4。Bi薄膜の光電子強度プロットとスピン分解光電子スペクトル。

さらに、電子のエネルギー状態も薄膜の厚さに応じて大きく変化することがわかり、理論解析の結果、Bi/Si界面(接合面)には、Bi表面とスピンの向きが反対となるラシュバ効果が発生していることを突き止めたのである(画像5)。また、その大きさが、従来の半導体同士の界面で起きているラシュバ効果に比べて非常に大きいことも見出された具合だ。

画像5についての補足だが、今回の研究によって、Siの上に作成されたBi薄膜では、表面と界面が同じような構造をしている可能性が高いことが判明した。表面でA(B)の位置にいる電子は、界面ではB(A)の位置にいる電子と同じ性質を持つ。違う性質を持った電子同士は互いの影響を受けるが、薄い膜ほど強く影響を受けるので、画像4のような結果が得られたと考えられるのである。

画像5。Si上のBi薄膜における表面と界面のスピン方向の模式図

研究グループは、今回観測されたBi/Si界面のラシュバ効果は、半導体の界面で起こるラシュバ効果に比べて格段に大きく、より小さな電力でスピンを精度良く制御することが可能であり、省エネルギーで高精度のスピントロ二クスデバイスには非常に有効であると考えられるという。

さらに、今後、今回観測された金属-半導体界面における巨大ラシュバ効果を利用した新しいスピントロニクス素子の開発が大きく進展することが期待されるともコメントしている。