京都大学(京大)、高輝度光科学研究センター(JASRI)、科学技術振興機構(JST)の3者は共同で1月11日、新たな観測手法を開発して液晶中の分子の運動状態(ダイナミクス)を調べ、分子間の結び付きの状態(会合状態)を解明したと発表した。京都大学 原子炉実験所の瀬戸誠教授や、京大理学研究科の山本潤教授、JASRIの依田芳卓主幹研究員らのグループによるもので、成果は日本物理学会の欧文誌「Journal of the Physical Society of Japan」オンライン版に1月11日に掲載された。

新たな観測手法は、大型放射光施設「SPring-8」の高輝度放射光で共鳴励起した原子核から散乱されたガンマ(γ)線のユニークな特性を利用したもの。「ソフトマター」中で1000万分の1秒程度の時間で起こる分子レベルの運動を測定可能という性能を持つ。

なおソフトマターとは、固体に対比して柔らかな物質の総称である。液晶や、界面活性剤、高分子などがソフトマターと呼ばれ、また生体内の細胞膜などの生体構造もソフトマターの1種だ。ソフトマターは、階層的な秩序構造があることに加え、その内部での分子の比較的大きな運動性が固体にはない特徴である。

そして、そのソフトマターの1つである液晶の物性に対する基礎理解は、その応用上からも重要視されているのはいうまでもない。液晶分子の形成する重要な相状態の1つである「スメクティック相」では、分子は運動性を有したまま画像1で示されるような層状の秩序構造を作るのが特徴だ。

スメクティックと相は、棒状の液晶分子が2次元の層構造を形成し、それが積み重なった構造を持つ液晶相のことを指す。スメクティック層構造中で、液晶分子は特定の方向を向いており、分子は固体と比べて比較的大きな運動性を有する。またスメクティック層内での分子運動は、スメクティック層間の分子運動よりも比較的速い。

画像1。時間領域干渉計法の装置図と時間スペクトル

層の中では液晶分子は比較的自由に拡散できるが、層間の移動は、ある程度、制限されてしまう。一方、分子が会合するようにデザインされた両親媒性の液晶分子は、もしこの分子が微視的に会合するような層秩序構造を形成する場合は、層内では自由に動くことが可能である。ただし、層間の運動をした際には分子が隣の層内で安定な向きとは反対向きになるため、そのような運動はかなり起こりにくくなると推測されている具台だ。

こうした層内運動に比べて層間運動が起きにくくなるかどうかを調べることで、分子の微視的な会合状態が起きているかを知ることができる。このような会合する分子は生体中にも見られており、微視的運動性の理解は重要だ。しかし、これまでこのような分子の微視的な運動性をミクロなレベルで比較的迅速に観測するには多くの制限があったのである。

今回開発された方法では、原子核(57Fe)が励起状態から基底状態に崩壊する時に放出されるγ線を利用する仕組みだ。第一励起状態にある57Fe原子核がその寿命(141ns)程度で脱励起する際に放射されるγ線は、そのエネルギー(14.4keV)に対して13桁も小さいエネルギー幅(4.6ナノeV)となっている。SPring-8の高輝度放射光を用いることで、このような単色性に加えて高い指向性と強度の強いγ線を生成することが可能だ。

このγ線を試料に当てると、γ線は試料の中の運動している分子と衝突することによってエネルギーが変化する。通常の場合はさまざまな分子の運動によって入射エネルギーを中心としてエネルギーが拡がっていくので、そのエネルギー変化を干渉現象を用いて観測するというわけだ。

まず、(画像1の核共鳴吸収体(B)からの)変化を受けていないγ線と、(画像1の核共鳴吸収体(A)からの)僅かにエネルギーの異なったγ線とを干渉させたとすると、強度の時間変化でうなりが観測される。これは互いに僅かに周波数の異なった2つの正確な音叉を同時に鳴らすとうなりが聞こえることに似た現象だという。

この時、どちらか一方のγ線のエネルギーが試料の運動によって、その線幅である4.6ナノeVよりも拡がった場合(準弾性散乱広がり)には、うなりがぼやけて観測されることになる。よって、このような干渉現象を利用して運動状態を観測することが可能となるというわけだ。

一方、この57Fe原子核の第一励起エネルギー14.4keVは波長に換算すると0.086nm(0.86Å)であるため、オングストロームオーダーの原子・分子スケールの構造を見るのに適している。

今回開発した方法は、このような原子・分子スケールでのナノ秒から10マイクロ秒程度の拡散の様子を時間領域上で観測することのできる方法だ。前述の画像1は、この測定装置の概念図を示したものである。

試料はスメクティック相状態にある液晶分子を利用。この液晶試料からの回折光を調べると、透過光に対する角度2θhighと2θlowにそれぞれ強い回折光が観測され、それらはそれぞれスメクティック層内と層間方向の分子の配置の相関を反映しているというわけだ。

まず検出器をそれぞれの角度に合わせることで、どのような分子スケールの構造において相関のゆらぎ(緩和)を調べたいのかを決めることが可能。この時、この得られた時間スペクトルのうなりの状態は、着目している構造の相関がどのような時間で緩和するのかを表す。

実験の結果、典型的な液晶と分子スケールで会合するようにデザインされた両親媒性液晶の系でその運動性が層内と層間でそれぞれ同程度であることが見出された。結果として、両親媒性液晶の系では微視的に分子の会合が強く起きていないことが示唆されたのである。さらに、この研究により、実際に本方法がソフトマターに適用可能であることも実証された。

同方法では、原子・分子の微視的なスケール(0.1~6nm)でナノ秒から10マイクロ秒の時間スケールでの運動の測定が可能だ。このような時間-空間スケールでの測定が有効な領域としては、今回の液晶をはじめとした高分子なども含むソフトマターに留まらず、ガラス転移機構解明を睨んだ過冷却状態の液体のダイナミクスも重要な研究ターゲットとして考えられている。また、今回の観測方法の発展として、異なるエネルギーの核共鳴散乱を同時に用いることで、放射光を高効率に利用でき、測定時間の短縮も可能としている。