放射線医学総合研究所(NIRS)は、車載用とスマートフォンを用いた携帯用の放射線モニタリングシステム「ラジプローブ」(仮称)を開発したことを発表した。開発はNIRS研究基盤センター情報基盤部情報基盤システム課の四野宮貴幸主任技術員らによるもの。

福島第一原子力発電所(福島第一原発)の事故を経て、原子力災害時の混乱した状況下においては、放射能汚染や現場の状況を素早く把握することが非常に重要なことが改めて確認されたのはいうまでもないだろう。また、現地作業者の安全を図るためには、その作業位置とその空間線量の状況を、災害対策の拠点でリアルタイムに把握し、かつ時系列的な変化を確認しながら、効率的に放射線量を計測できるシステムが求められている。

NIRSでは、福島第一原発の事故に対して当初よりさまざまな支援活動を行っており、そこで得られた多くの知見や経験を基に、電話などの通常の通信が困難な状況においても使用可能で実用的な放射線モニタリングシステムの開発に取り組んできたが、それが今回ラジプローブとして結実した。

ラジプローブの構成は画像1の通り。現場作業者(緊急車両への搭乗者)が携帯する市販の「ガンマ線スペクトロメータ」(一定時間に計測した放射線の一種であるガンマ線のエネルギーをグラフで表示する装置)、GPSユニット、環境監視用カメラ、情報収集・発信機器、放射線データ・位置情報・画像のデータの収集用PC、地上および衛星データ通信機器、データ集積・配信用サーバ、遠隔監視用端末より構成される。

画像1。ラジプローブの概要説明図。PCによる車載用のシステムとスマートフォンを利用した携帯用システムと2通りが用意されている

現場作業者から送られた放射線の測定情報(線量およびエネルギースペクトル)、位置情報、現場のカメラ画像などが通信機器により、災害対策の拠点などに設置されたサーバに送られる仕組みだ。

災害時は携帯電話の回線が使えなくなることがあるが、その場合でも衛星通信を使用して送信できるようになっている。送られたデータは、Webページ用に自動的に加工され、解析されたデータがインターネットを通じて、災害宅策拠点側の管理者用PCで確認できる形だ。

現場のカメラ画像は、走行状況だけではなく、搭乗者の状態の把握にも使用できるほか、救護所に停車中であれば、現場の対応状況を対策本部から把握することもできる。

管理者が見るPC画面(画像2)では、現在の位置情報と移動軌跡、ガンマ線量および中性子線線量の経時変化図、ガンマ線のスペクトル、ガンマ線および中性子線の数値、カメラによる現場の画像が表示される。これらの情報は前述したようにインターネットもしくはイントラネットに接続したPCならWebブラウザで閲覧可能なため、災害対策の拠点内部およびさらに遠隔地の支援組織での情報共有が容易になるというわけだ。

画像2。現在の位置情報と移動軌跡(左上)、ガンマ線量および中性子線線量の経時変化図(左下)、ガンマ線のスペクトル(右上)、ガンマ線および中性子線の数値(中央下)、カメラによる現場の画像(右下)という画面構成

また、ガンマ線スペクトルを見ることができることから、その場所にどのような核種が存在するかを確認することも可能。さらに、測定器に中性子線も測定できる装置を用いれば、ガンマ線のみでなく中性子線のカウント数も記録することができ、1999年に茨城県東海村で発生したJCO事故のような臨界事故が発生した場合にも記録を取ることが可能だ。

対策本部はこれらの情報を参考にして現場作業者への退避指示や、待機支持などの緊急メッセージを送ることもできる(画像3)。こちらも、もちろん携帯電話が不通であっても衛星回線経由が利用可能だ。また、通話中の場合でも、クライアント画面に緊急指令のメッセージを表示させることもできる。

画像3。緊急指示画面。緊急避難指示(退避場所を地図上で表示可能)、至急の連絡指示(電話番号も表示可能)、ほかのグループへの支援指示(ほかの車両が故障した際など、位置を地図上で表示可能)、その場への待機指示などを画面上に出すことができる

また、非常時に2台以上の車両で活動している時はお互いの位置を確認することが重要であることから、ラジプローブではリアルタイムにお互いの位置を確認し合うことができるようになっている。これにより、土地勘のない地域での活動において音声通話だけで位置確認をし合うような困難さを避けられるというわけだ。さらに、ほかの車両のカメラ動画を見ることもでき、ほかの車の事故や危機をいち早く確認して迅速なカバーリングが可能だ。

そして携帯電話だけでなく衛星回線も使用不能になって孤立した場合での使用も可能で、現場作業者には地図の位置情報、放射線の計測値、過去の計測地、車両の移動軌跡を表示できるようになっている。孤立した状況から自力で避難できるよう工夫が施されているというわけだ。

これらの機能を別々のソフトウェアおよび機器で実現することはフリーソフトなどでも可能だが、緊急時のような混乱した状態では扱いづらいのは確実だ。キーボードでメールを打つことすら困難な悪路を走行している最中でも容易に作業を行えるように、シンプルな1画面構成とマウス操作に特化したこともラジプローブの特徴の1つとなっている。

なお、ラジプローブは原子力災害時を目的として開発されたが、現在求められている地域や公園などの汚染状況の把握にも有効だ。車両や自転車、徒歩で移動することにより、現場の画像付きでリアルタイムに汚染状況を把握できるとともに、空間線量率マップも作成可能。線量情報、エネルギーの情報、位置情報、現場の映像が相互にリンクしており、計測終了後に線量グラフから放射線の高い位置を特定したり、逆に、特定の位置に関する放射線測定情報(線量およびエネルギースペクトル)を表示させたりすることが可能だ。

さらに、ラジプローブはカメラとGPSを備えたスマートフォンにも対応しており、小形の放射線計測器とセットにして非常に詳細な汚染マップを作るなど、今後のさまざまな応用が考えられている。

ちなみにラジプローブは、現在のバージョンでの販売などは予定していないが、今後、今回の研究成果や知財を活用して、国や自治体、IT企業などの協力を得て、産学官連携による共同研究開発を推進していくとしている。それにより、ラジプローブを内外の市場ニーズに合致したより使いやすいシステムへと改良し、製品化に向けた取り組みを加速していくとしている。