皮膚科のダーモスコピーの学習サイトとしてスタートした「D'z IMAGE」は、ダーモカメラやダーモスコープといったハードウェアの開発、カシオ独自の画像処理技術の医療分野への応用と、活動のフィールドを徐々に拡大してきた。海外展開や産婦人科向け機器も見据えるなど、事業の場を広げるにつれて注目されるようになってきたのが、D'z IMAGEというブランドをまとめるブランドデザインだ。
D'z IMAGEは、2020年度グッドデザイン賞ベスト100を受賞した。製品としてのハードウェアのデザインはもとより、サービスとして統一されたブランドイメージが完成している点が評価ポイントとなっている。では、D'z IMAGEのブランドデザインとは何なのか。ブランドデザイン室の杉浦大祐室長と村田史奈リーダー、メディカル企画開発部の青木信裕氏に話を聞くことで、カシオがD'z IMAGEで目指すものが見えてくるはずだ。
――さっそくですが、D'z IMAGEのブランドデザインを担当することになったのは、どのような経緯だったのでしょうか。
杉浦氏:「企画部門であるメディカル企画開発部(以下、企画開発部)から、私たちが所属する、デザイン開発統轄部に依頼があったのがきっかけです。2018年8月頃のことでした。当時、ダーモカメラの開発が具体的に進み始めていて、カシオの医療事業としてのブランディングが必要だという話になり、最初はロゴのデザインを担当するということで参加しました」
青木氏:「デザイナーが参加する前のことになりますが、それまでのダーモスコピー学習サービスは『D'z IMAGE』ではなく、『CeMDS(CASIO e-Medical Data Support)』という名称でした。
事業を進めるうちに診断サポートやカメラの検討が始まり、カシオの医療事業を想定した新しい名称が必要と判断して、2017年6月に現在の『D'z IMAGE』になりました」
村田氏:「D'z IMAGEの“D”はDoctor(医師)の頭文字であり、“z”は究極を表しています。医師に向けた、カシオの画像処理技術を核とした事業だと示す名前であり、それによって先生や患者の皆様の未来、延いては医療業界の進歩に貢献したい。そういった、企画開発部のみなさんの思いを受けてロゴデザインを作成しました」
杉浦氏:「ロゴだけでなく、ブランドデザインの話になったのは、企画開発部と打ち合わせを重ねる中でのことです。カシオが本格的に医療分野に参入することをユーザーに伝えるには、表面的なデザインだけでなく、もっと深い部分でブランドの方針なども一緒に考えてブランディングしていく必要があると気が付いたからです」
――ブランドデザインとブランディングという言葉が出てきましたが、意味など補足しながら、なぜそこを重視したのかお話いただけますか。
杉浦氏:「ここで話すブランディングは、事業やブランドの方向性の“軸”、信念、ビジョンに沿った事業活動とお考えください。『D'z IMAGE』というブランドが、医工連携による画像診療イノベーションであることを、先生や患者に知ってもらえれば、そこから信頼が生まれます。我々の目指しているものに共感する人が増え、評価が高まることで、ブランドとしての認知がさらに拡大する好循環が形成できます。
そしてブランドデザインは、起ち上げた軸に基づいたデザイン活動のことを指します。軸を踏まえた上で、デザイン開発統轄部では、『D'z IMAGEはこういうデザインでいきますね』という大方針を定め、どんなプロダクト、プロモーションツール、展示ツールであっても、この大方針に沿ってデザインを行っています。
医療機器分野のデザインは社内でも初めてのことで、手探りの部分も少なくありませんでしたが、挑戦できて良かったと思っています」
――初めてのことで大変ではありませんでしたか。どんなところに苦労しましたか。
村田氏:「もちろん、簡単ではありませんが、企画開発部のメンバーが、私たちデザイナーとのコミュニケーションを大事にしてくれ、ブランドの方針を考えるうえで知っておく必要のあることをきちんと伝えてくれたので、苦労したという印象はありません。
ブランドデザインを行う上で、最初にしっかりしたブランドの軸を立てることを大事にしています。『なんとなくこういうもの』ではなく、『D'z IMAGEとはこういうものだよ』ということを、その理由なども分かるようにちゃんとコピーとして文章に起こして、関わる人みんながそれを理解して、活動の根本に置くものです。
その軸は、誰かがたてた軸ではなく、企画開発部のメンバーが自ら考え、私たちデザイナーと一緒に文章化した軸なので、意思の疎通がスムーズでした。そのため、企画開発部のメンバーがD'z IMAGEを通して何を実現したいと思っているのか、という核になる部分を、私達デザイナーが具体的なデザインに落とし込むことができました。
最近では、開発初期よりも商品も増え、製作物の幅も広がっていますが、新しいものをつくる際には『このアイデアはD'z IMAGEの事業に合っているのか』『デザイナーだけの独り善がりになっていないか』と、常に軸に立ち返りながら、発展させていくことに試行錯誤しています」
――ダーモカメラやダーモスコープのデザインでは、医療機器ならではの苦労もあったのではありませんか。
青木氏:「これまでコンシューマ向けのカメラは手掛けてきて、それなりのノウハウは持っていましたが、医療現場向けのカメラは、カシオにとっても初めての取り組みです。どういう人が、どういう風に使うのか、現場を知らないと満足度の高いデザインはできません。デザイナーと一緒に、削り出しのモックを持って、協力してくれるドクターのところに通い、ヒアリングを重ねながらヒントや知見を得ました。
コンシューマとは使い方が違いますから、例えば、カメラのホールドの仕方ひとつとっても、患部が撮影しやすく、落として患者に当たったりしないよう、持ちやすさを重視します。カメラを向けた患者に違和感や忌避感を抱かれないよう気遣うところも、コンシューマ向けのカメラにはない特性で大いに参考になりました」
――製品だけでなく、Webサイトやカタログを見ても、デザインに一貫性があってとても見やすくなっていますね。デザインする上で気を付けたポイントはありますか?
村田氏:「はい。医療分野に相応しい信頼性を最も重視したうえで、使いやすさ、安全性、見やすさに配慮しています。今の時代に適した商品とサービスを届けるブランドとして、それに相応しい新規性やモダンさをデザインするよう心がけました」
――2020年度グッドデザイン賞ベスト100の受賞理由も、このブランドデザインが評価されたとうかがいました。
村田氏:「グッドデザインの審査委員からは、以下のような評価をいただきました。
『審査委員の評価:皮膚癌の早期発見を目的に、診察の支援が、専用カメラによる撮影から専用ソフトによる画像処理、カメラ背面モニター、PCビューアに自動転送、ファイリングまで、トータルなサービスとして完成しているところが評価された。ハードでは、不慣れな医者でも使いやすい専用カメラを開発しストレスを軽減している。また、デジタルカメラで培った画像処理技術を医療の分野に応用する事業領域拡大の姿勢も高く評価された』
ブランドデザインを含めた、私たちの事業活動全体を評価いただき嬉しく思っています」
――トータルなサービスとして完成している点と、事業領域拡大の姿勢が、デザインとして評価されているところに注目してほしいですね。最後に、今後もっとこうしていきたいという部分があればお話いただけますか。
杉浦氏:「D'z IMAGEを知らない人や医師に、もっと魅力を知ってもらいたいです。そのためにどういうデザインでコミュニケーションしていけば良いのか、考えて具現化することが、私達デザイナーの仕事だと思っています。
当社はいまオーストラリアとニュージーランドを手始めに、海外に本格的に打って出ようとしており、世界中の皮膚科医とディストリビューターなどの関係者とのコミュニケーションが課題になります。
D'z IMAGEをいろんな国の人に知ってもらおうと考えた時、それぞれの国では、日本と社会背景も違えば、文化も生活様式も服装も違うので、日本人の感覚のまま持って行っても思ったようには伝わりません。
現在は、開発もデザインもマーケティングも全部日本にありますが、海外に拠点を置いたり、海外の代理店を間におくと、伝言ゲームが発生します。齟齬が生まれ、製品やサービスが誤解されては困ります。優れたデザインは、この齟齬をなくし、誤解の余地をなくします。どこの国や地域でも、同じ思いで展開していけます。
以心伝心はまず有り得ない海外で、D'z IMAGEの魅力を正しく広めるには、ブランドデザインを推し進めていくことが重要だと思っています」
――本日はありがとうございます。
グッドデザイン賞受賞というと、デザインに詳しくない者にとっては、ハードウェアとしての製品など、「もの」の見た目、色や形が優れているのだろうと考えがちだ。しかし、カシオのD'z IMAGEは、それらもさることながら、関連する製品やサービスが一気通貫している点に目を向けられ、高く評価されている。
デザインという言葉は、ラテン語の「Designare」を語源とし、計画の視覚化・図面化を表す。色や形は、あくまでそれを見やすく審美的にする技巧の1つに過ぎず、何を目的にしているのか誰が見ても分かるように示されていることこそがデザインの本質とされる。
いみじくもグッドデザイン賞は、杉浦氏や村田氏が「ブランドデザイン」と表現している行為こそ、デザイン本来の意味だと我々に教えてくれている。
D'z IMAGEが事業領域を拡大するにつれ、デザインの重要性はさらに増していく。グッドデザイン賞という追い風を受け、「D'z IMAGEとは……」に続く言葉が、世界中どこでも同じように信頼感と安心感を持ったイメージになることを期待したい。
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