「今日から、これ無しでは1日たりとも生活できない」と断言するほどGoogle Glassを気に入っていたRobert Scoble氏が、2013年最後のGoogle+の投稿で「(Glassは)2014年に下り坂を転げ落ちる」と予想した。今年春に製品版が登場すると噂され、間もなく開幕するCES (1月7日-10日、ラスベガス)でもウエアラブルデバイスやIoT (Internet of Things)が今年の話題の1つであるのに、一体どういうことなんだろう?
Scoble氏は8カ月間使ってきた中で気づいた8つのこと、そしてGoogle Glassが今年逆風に直面するであろう10の理由を列挙している。その中で、特にGoogleにとって頭が痛いのが「周囲の高すぎる期待」だ。
Google Glassの登場によって、iPhoneがもたらしたような衝撃がふたたび起こると期待している人が多い。彼らはGlassが「普通のメガネのように生活の中で違和感なく使えて、かつ誰でも購入したくなるぐらい手頃な価格になる」と期待している。でも、それはどう考えても現在のテクノロジーでは難しい。限定的に提供されてきたGlassのExplorer(開発)版は、従来のメガネ型デバイスに比べたら軽量でフィット感が良く、ディスプレイも見やすい。だが、製品として評価するとバッテリーの持ちは悪いし、無骨なデザインである。ユーザーインタフェースの制限も大きい。そうした課題が製品版で一気に解消するとは考えにくい。
では、もし製品版が現段階のExplorer版のデザインを継承したものになったらどうなるか。一般的な成功は難しいだろう。
「気になることに最近、Google社員がかけている姿をほとんど見かけなくなった。彼らの多くは『Googleで働いているのを宣伝したくない』と言っている」(Scoble氏)。たしかに、Google本社の城下町ですら、Google Glassをかけて歩いているGoogle社員をほとんど見かけなくなった。実際に生活の中で使ってみないことには、今Glassを使っている価値はないのだが……。
でも、そんな社員の気持ちは理解できる。とにかく目立つのだ。外で装着していると「どんな感じ?」「何ができるの?」「それ何?」と、ひっきりなしにたずねられる。ゆっくりと使えない。それだけではない。Mat Honan氏は最近、Glassをかけているだけで周りから「嫌なヤツ (asshole)」と見なされる"Glasshole"現象を感じるようになったという。
人々の期待は違和感のないメガネ型デバイスだが、現実はひと目で使っているのがわかる無骨なメガネ型デバイスになりそうで、これだけ目立つとアーリーアダプターでも日常的に使う人は少なくなる。それでは利用者がどんどん減っていく、悪循環だ。
価格に関しては、一般普及という観点から「300ドル前後」を期待する声があった。しかし、2014年の製品版は500ドル以上になる見通しで、300ドル前後を実現できるのは1-2世代後。2016年頃になるという。価格的にも、しばらくはアーリーアダプター向けの製品であり続けるから販売台数は伸びない。
Scoble氏は「もし自分がGoogle社員なら、期待値を一度リセットする。"これは2020年のプロダクトを皆さんと共に作り上げていくプロジェクトである"ことを強調する。最初のリリースは2014年だが、間抜けな見た目の600ドルのデバイスでは、この高い期待には応えられない」としている。
メガネ型がGoogle Glassの魅力ではない
筆者も今年の春にGoogle Glassの製品版が登場しても初代iPhoneのような成功を成し遂げるのは難しいと思っている。でも、過度の期待をかけられていたり、価格が高すぎるのが問題だとは思わない。
初代iPhoneは試行錯誤の最中というのが伝わってくる出来で、当時の携帯電話の上位機種に比べて劣る部分が多かった。価格も4GB(499ドル)/8GB(599ドル)と高かった。それでも、たくさんの人が行列に並んで買い求めた。マルチタッチジェスチャーを使える携帯電話に過ぎなかったけど、モバイルWebとスマートフォンというコンセプトが明確で、デメリットがかすむぐらい製品としての魅力をまとっていた。
Google GlassのExplorer版は、メガネ型のウエアラブルデバイスとして「これをかけ続けたい」と思わせるほどの魅力は備えていない。でも、つまらない製品ではないのだ。その魅力がどこにあるかというと、Glassを通じたインターネットの利用体験が面白いのだ。例えば、「OK Glass」でスリープを解除し、話しかけるだけでWeb検索を実行できる。対話型のインタフェースは誰かと会話しているようで、パソコンやスマートフォンに比べてアシストしてもらっている感じが強い。
また「OK Glass, take a picture」と話しかけると、それだけで目の前の景色を撮影できる。見て、撮って共有までほんの数秒。これを体験してしまうと、スマートフォンを取り出して、カメラアプリにアクセスして構えるというステップが煩わしく感じ始める。しかも、設定を変えると、上を向くだけでスリープを解除でき、まばたきするだけで写真を撮れるようになるのだ。
Google Glassは音声や動きによる操作、対話型のインタフェースの便利さや可能性を伝えるデバイスであって、その目的が満たされるのなら必ずしもメガネ型である必要はない。実際、GoogleはすでにGlassで提案している未来を製品に採り入れ始めている。例えば、MotorolaのAndroidスマートフォンのフラッグシップ機種「Moto X」は、ロック状態でも端末を振るだけでカメラアプリを呼び出して撮影できる。AndroidのGoogle Nowと音声入力や音声コマンドの進化も、その1つと言える。
こうした機能は実際に使ってみると、効率的にデバイスを操作できて便利なのだが、筆者の周りでスマートフォンの入力や操作に音声を活用しているユーザーはほとんどいない。筆者もそうだった。Glassを体験するまではキーボードを使うばかりで、試してみることなく、音声入力の方が面倒だと思っていた。でも、Glassで音声入力や対話型のインタフェースを使わざるを得なくなり、実際に使ってみて、その面白さや便利さに気づいてからは、スマートフォンでも音声を優先するようになった。馴れると、そっちの方が便利なのだ。
Google Glassは、新しいインターネットとの接し方を気づかせてくれるデバイスである。今はまだGlassを通じて接するインターネットの世界は、90年代にダイヤルアップで接続していたインターネットの世界を思い出すほど狭い。音声と動き、対話型インタフェースを活用できるアプリやサービスも限られる。でも、その使用体験はモバイルネットやIoTの未来を感じさせるものだ。
だから、Googleは人々に音声とシンプルな動きだけでインターネットに触れる面白さを想像させ、そして開発者を焚きつけなければならないのだが、そのあたりをうまくアピールできていない。Scoble氏が指摘するように、Google Glassは2020年の製品であり、2014年にメガネ型のウエアラブルデバイスとして一般普及に至らないのは仕方ないことだと思う。ただ、これまでのGlassプロジェクトを振り返ってみて、最も重要なポイントである音声やモーション、対話でインターネットに触れる面白さを開発者やユーザーに考えさせるきっかけになっていないのは残念なことである。