EVに大きく期待する中国、インド

前回の自動車業界に関する話題の続きである。まず既存の自動車メーカーに大きく影響を与えるのは中国、インドの動きであろう。現在の世界人口は約72億人であるが、国連の予想によると2100年にはこれが112億人に達し、インドが首位の15億、次いで中国が10億となり両国の合計は世界人口の約23%を占めるようになるという。

産業化が加速するにつれて、生活水準も大きく躍進する。自動車の市場で世界の最大市場のトップ2になる事は容易に想像できる。両国とも技術提携などを通して国産自動車の育成に積極的に動いてきたが、新規参入障壁が高い内燃機関エンジン搭載の従来の自動車ではまったくと言ってよいほど成功していない。この両国にはEV技術に大きく投資する十分な戦略的意義がある。

  • EVとなれば新規参入障壁は低いので、まず自国の巨大な市場でシェアを確立しボリュームを稼いで、低価格で世界市場に打って出ることができる。今までおいしいところを先進国メーカーに牛耳られていた市場でのリーダーシップを一挙に逆転することが可能となる。
  • EVでの成功は半導体に代表されるサポート技術の育成に大きく資する。これまで輸入に頼っていた半導体供給の国産化による量産原理を利用して、一挙に世界市場のリーダーシップをとることができる。まさにサプライチェーンを支配する鉄壁の戦略である。
  • 環境問題は国内の喫緊の課題である。米国などがCO2などの環境問題に及び腰の間に世界の世論を味方につけることができる。

中国政府は早くも2019年に自動車メーカーに10%のNEV(PHV/FCVを含む新エネルギー車。New Energy Vehicle)の製造・販売を義務付ける規則を導入すると発表した。この比率を毎年順次上げて行って、ガソリン、ディーゼル車を段階的に排除してゆく。達成ができないメーカーにはCO2の排出規制のスキームと同じように、罰則金となる「NEVクレジット」の購入も義務付けるという徹底ぶりだ。この規制を世界最大の国内マーケットに実施している間に国産EV企業を育て上げ、準備がそろった段階でグローバル市場に大々的に打って出る戦略であろう。本気なのだ。

将来の自動車の内部構造は現在のものとまったく違うものになる (画像は著者所蔵イメージ)

ダイソンEV市場参入発表の衝撃

最近、衝撃的なニュースが自動車業界を走り抜けた。イギリスに本拠地を置く高性能電気掃除機のブランド「ダイソン」が2020年までにEVに参入するという発表だ。「たかがハードウェア、されどハードウェア」などと先ごろ書いた私であるが、私生活ではハードウェアについてはいたって無頓着で、自宅の掃除機は未だに旧式のものだが、高性能のダイソンの掃除機はクローン品が出るほどに普及している。

旧式と比べて価格がとりわけ高いのに家電量販店などでは一番目立つところに置かれていて、30%以上低価格のクローン品(しかも大手家電メーカーの)をあざ笑うかのように掃除機界に君臨している。私はかねてよりダイソンは電気掃除機業界のAppleだと思って注目していたが、EV参入までは考えが及ばなかった。創業者のジェームス・ダイソンは根っからのエンジニアで、なんとその参入戦略は自前の高性能電池であるというところが肝である。まだ詳細は明らかにされていないが、その電池は現在主流のリチウムイオンより格段に性能の高い電池で、あくまでも自前で開発中だという。現在EV業界を独走中のTeslaのイーロン・マスクが一番警戒しているのはダイソンなのではなかろうか? どちらもガチガチのエンジニアであるが、非常に現実的でビジョナリー(先見性のある)なビジネスマンでもある。

中国、インドも次々と手を打ってくる。インドの代表的大企業Tata(コングロマリット:電力からスマホまで手掛ける巨大企業である)は、低迷するスマホ事業を早々に売却し、将来のグローバルビジネスの中心技術であるIT・EVに大きく舵を切っている。つい最近の報道ではニューデリーを中心にEV充電所を2030年までに1000箇所に設置するという。15億人の人口に1000箇所というのはいかにも少ないが、大きな方向性を決めれば後は必要に応じて予算をつければ現在のガソリンスタンドをすべてEVに変えることも容易に想像できる。

中国は前述の通りEVに大きく舵を切って、政府レベルでの方向性ははっきりしている。一党独裁がこのまま続けば計画経済通りにどんどん成長してゆくだろう。最近のニュースで目を引いたのは、中国は現在の車載用電池の主流であるリチウムイオン電池の世界市場ですでに60%のシェアを持っているという報道である。事実であれば、もともとは日本のお家芸であった電池の技術の主導権はもはや中国に移ったと言わざるを得ない。

そういえば電池技術と家電の世界的ブランドであるパナソニックのEVへの直接参入はないのだろうか?

トヨタの憂鬱

私は30年の仕事人生を外資系で過ごしたが、乗っていた車はずっと日本製である。もともと車に対する興味がほとんどない私であるが(経験上フェラーリのF1レースは別であった。連載「巨人Intelに挑め! – サーバー市場に殴りこみをかけたK8 第17回 【番外編】フェラーリ、F1レースの思い出」を参照。車は国産車以外に乗ったことはない。なんといっても信頼性・ローカルサポート・コストパフォーマンスの圧倒的優位性で外車を選ぶ理由はまったくないと思っている。しかし最近気になるのは、世界の自動車市場の、日本企業の全体を代表する世界のトップブランドであるトヨタが今大きなパラダイムシフトに揺れているように思えることである。最近の報道では次の状況が見て取れる。

  • トヨタは世界の自動車市場のトップブランドであるが、EVへの大きなパラダイムシフトに対応するとして、EV開発分野でマツダ、デンソーとの連携を発表した。三社で共同開発した技術を生かし2019年に量産型EVを市場投入する。
  • トヨタはHEVの分野では"プリウス"ブランドでここ10年世界のハイブリッド市場をリードしてきたが、ここに来て急激なEVシフトに対応せざるを得なくなってきている。
  • トヨタの推すFCV(液体水素ベースの燃料電池車)は、航続距離、充電時間、総合的経済性を考慮すると最良の技術ではあるかもしれないが、その普及は遅々としている。
  • 経済産業省(経産省)はFCVを強力に推し進めたい考えであるらしいが、経産省の技術方向性への介入はナンセンスであると思う。私は半導体の黎明期から日本の国策と私企業の連携を見てきたが、黎明期にあった半導体市場での国策は大きな成果を上げたとは思うが、産業が成熟した現在では邪魔者以外の何物ではないと思う。そもそもグローバル化した企業体と、"日本株式会社"に務める従業員(経産省の役人)の考え方は、目指す目標が異なるのだから整合性を取ることは不可能である。これは、最近の東芝の半導体(東芝メモリ)の売却先の騒動を見ると、明らかである。

こういった事情で巨人トヨタはエンジンベース、ハイブリッドに加え、FCVとEVの4面での攻防を余儀なくされている。いくら巨人トヨタと言えども2面はともかく、4面を固めるのは無理なのではないだろうか?

かつて、DRAM・EPROMの開発製造で世界の半導体市場をリードしたIntelは日本の半導体企業の安値攻勢でそれまでの世界市場での主導権を毅然としてあきらめ、まったく新しいCPU市場に打って出た。大きな賭けであったがリスクを覚悟して一点に集中し見事に成功し、その後の半導体市場の王者として君臨することになる。そのIntelでさえ今ではPCからスマートフォン、クラウドというパラダイムシフトについてゆけず、他社の参入を許してしまった。半導体と自動車はまったく異なる産業であるとは承知しているが、加速化する市場変化への対応には共通するものがあるのではないかと思う。

著者プロフィール

吉川明日論(よしかわあすろん)
1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、今年(2016年)還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。
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