【コラム】

吉川明日論の半導体放談

5 自動車業界に迫る大きなパラダイムシフト

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パラダイムシフトの加速期のあのザワザワとした感じ

冒頭からはっきり申し上げておくが、私は自動車業界の門外漢である。AMD時代のカスタマは主にコンピュータ、通信機器、オフィス機器のアプリケーション分野であって、自動車業界を経験することはなかった。しかし、昨今の半導体の主要アプリケーションは、PC、サーバ、スマホはもちろんのことではあるが自動車に大きなシフトをしてゆく様相である。最近の報道ではEV、ADAS、IoTなどという言葉を見ない日は無いほどホットな話題であるので、かつての半導体屋のはしくれとしては自然と興味が行ってしまう。そこで、賢明なる読者の皆様から、門外漢である私の無知へのご批判を承知の上で、最近の自動車業界についての私の雑感をコラムにすることにした。

以前のコラムで異業種格闘技の話を書いたが、最近の自動車業界の動きはまさに異業種からの参入による大きなパラダイムシフトが予想される様相を呈している。AMDでの24年間で私はアナログからデジタル、あるいはメインフレームからPCへの大きな環境変化の中でかつての常識がいとも簡単にひっくり返され、かつての有力ブランドがあっという間に消え去り、新しいブランドが信じられないスピードで隆盛するのを目の当たりにした。コンピュータの世界と自動車の世界では歴史も違うので、その変化の仕方にも違いはあるとは思うが、技術革新の推進力として半導体はさらに重要になると思われるので、今の自動車業界の変化にあの時に感じたようなザワザワとした感覚を持つのである。

HV、PHV、EV、FCV、NEV…

最近の自動車業界の報道にはいろいろな言葉が躍っている。どれも最後が自動車のV(Vehicle)で終わっているのは私にさえわかる。どうやら私たちが目撃しようとしているのは100年以上続き、世界経済の大きな一角を占めるようになった自動車産業の中心技術である内燃機関エンジンが電気で駆動するモーターにとってかわる大きなパラダイムシフトらしい。この変化は単にガソリンから電気へ、エンジンからモーターへ、という単純な話ではなさそうである。この変化はいろいろな面で私が経験したコンピュータの世界の変化よりは格段に産業構造的、社会的インパクトが大きいことが予想される。私が直感的に感じるのは次の点である。

  • 内燃機関は究極のアナログ技術の世界である。その発展は長年培われた技術者たちの不断の開発・改良努力と経験の上に成り立っており、それだけに新たな企業が参入しようとする場合の障壁は大変に高い。その証拠に、現在の自動車業界の世界的メーカー/ブランドは、中規模のブランドの買収・統合はあったにしても、いずれも社歴100年に近いかそれ以上の長い歴史を持った巨大企業である。
  • 電気自動車になると部品点数は格段に少なくなり、将来的にはモジュール化され、パソコンの20年足らずの発展過程を見ればわかるように、一度スタンダードなプラットフォームが確立されてしまうと急速にコモディティ化する可能性は大きい(極端な言い方かもしれないが、私は将来的にはEVのODM企業が現れてもおかしくないのではないかと思っている)。
  • プラットフォームがモジュール化し、新規参入障壁がますます下がっていくと、当然異業種、あるいは技術発展途上国からの参入が一気に加速する可能性がある。新規参入は国内にすでに大きな市場が存在する中国・インドなど、急速に成長する大国の国策企業であるかもしれないし、Appleのような強力でグローバルなコンシューマブランドであるかもしれないし、あるいはハードは基本的に廉価あるいは無料で提供しサービスでビジネスをするGoogle、Amazonなどのグローバルな巨大プラットフォーマーであるかもしれない。

現在、EVを中心技術に自動車産業は大きなパラダイムシフトに直面している

  • エンドユーザー側にも微妙な変化が表れている。自動車というハードウェアを持つ事が社会的ステータスであった時代から、高額で場所もとる自動車を個人で所有するよりは、「使いたい時だけ借りる」、「自己で所有するよりはシェアする」、というようなシェア経済への動きも気になる。アメリカで成功しているUberは世界市場ではいろいろな規制にてこずっているようだが、その基本的なビジネスモデルは破壊的な潜在力を持っている。
  • 自動運転が可能となれば(聞くところによると自動運転の普及の一番の障壁は、自動運転を可能とするハード・ソフトの技術そのものではなく、法規制であるという)、そもそも人間が運転する自動車という概念が、人間が移動する単なる手段に代わってしまうということになる。その世界に自動車のブランドというのはどんなふうにあるのだろうか?
  • 日本の電気メーカーブランドはコンピュータ、PC、スマートフォンの分野ではすっかり世界市場を巨大グローバルブランドに明け渡してしまったが、自動車業界ではトヨタ、日産、ホンダ、マツダなどの日本企業が依然として世界のメジャーブランドとして日本だけでなく世界市場での大きな経済圏を形成している。これからどうなるのか?
  • これらの日本のメジャー自動車ブランドを支えているのは、デンソーなどいわゆるティア1と呼ばれる日本企業で、半導体分野でも日本ブランドの高品質な製品は世界の自動車メーカーに採用されている。これからどうなるのか?
  • コンピューターは違って、電気自動車の場合は充電ステーションなどまったく新しいサポートインフラを整備する必要がある。これは社会インフラであって自動車メーカーだけでは主導・実現することはできない。日本のエネルギーなどの社会インフラ企業は加速する世界の変化についてゆけるのだろうか?
  • これらを有利に推し進めるためには日本政府はどういった手が打てるのか?

"門外漢の吉川明日論に心配してもらわなくてもちゃんと手は打ってある"、という日本ブランドの自信に満ちた返答を期待しているのだが、最近の報道を見る限りでは状況はどうもそう容易であるとは思えないのである。

著者プロフィール

吉川明日論(よしかわあすろん)
1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、今年(2016年)還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。
・連載「巨人Intelに挑め!」を含む吉川明日論の記事一覧へ

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インデックス

連載目次
第9回 交渉に勝つ実践英語講座(上級編) - 論理的な英語での思考の重要性
第8回 交渉に勝つ実践英語講座 - 英語が自由に使えるようになりたい方へ(応用編)
第7回 ハイテク産業で働く人に必要なモノ
第6回 EV技術の発達で大きく変化する自動車産業
第5回 自動車業界に迫る大きなパラダイムシフト
第4回 ここがヘンだよ日本のエレクトロニクス産業
第3回 国家安全保障と密接に関わる米国の半導体産業
第2回 異業種間の買収が相次ぐエレクトロニクス業界の今昔
第1回 たかがハードウェア、されどハードウェア

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