これは私自身が気をつけていることでもあるが、私が係るPRや宣伝の業界に限らず、特定の業界に長く携わっていると、自分たちの業界ではごく当たり前だとされている習慣や常識が一般的にもよく知られているものだと誤解している時がある。

慣習の良い面と悪い面

PR担当者にとっては、ごく日常的に行われるプレスリリースや記者会見について例をあげるとする。これまでの経験上、だいたいどのくらいのニュース性があれば、だいたいどのような媒体が記者会見に集まり、だいたいどのくらいのメディア露出がなされるか、おおよその想定がつく。

当日から逆算して何日くらい前に準備を始め、どのくらいの規模の会場を押さえ、どういった媒体に一斉に声をかけ、どういった場合には個別に連絡をするべきか……等々、良くも悪くも事前に想像ができてしまう。この自分なりの「常識」「習慣」の延長上で物事を考えてしまう。例えば、今回は少しニュース性が弱いから早めにメディアに声をかけなければならないと考えたり、当日の「絵作り」の工夫をしないと地味な話題として他の話題性のあるニュースに埋もれてしまうと懸念したり……と先回りをして考えるクセがついている。

もっとも、こうした既存の常識や慣習についての知見を持つことには、良い面と悪い面の両面がある。良い面を挙げるならば、こうしたことを知っていればこそ、事前に様々な準備や工夫をすることができる。準備や工夫をしなければ、結果としてうまくことが進まなかったであろうことも多い。

一方、悪い面を挙げるとすると、よほど自分が強く意識しない限りは「常識破り」のことは思いつかなくなる。業界の慣習や常識に従うことの方が、破ることよりも基本は「楽」だ。慣習や常識というものは知らない時にこそ平気で破れる。知ってしまっているとほど、破るためにはエネルギーと覚悟が必要になる。

一例を挙げる。PRの世界ではごくごく一般的な常識として企業ネタの記者会見やプレスリリースは週末は行わない慣習がある。その理由は必ずしも一つではない。絶対にダメというものでもない。従って一概に「常識」「慣習」とは言いきれないが、現にこうした傾向は強い。恐らく週末は掲載・放送されるメディアのニュース枠が少ないこと、土日は記者といえどもお休みをとるのであまり稼働してくれないことなどが理由としては考えられる。

ところが、こうしたPR関係者の中では「常識」とされていることも、いったん業界を離れた視点で考えてみると、本当にこれが「常識」「慣習」なのだろうか? と思うことも多くある。緊急の場合や、あえて「常識破り」なことを仕掛けようと思えば、決してやってやれないことはない。ただし「常識破り」は「常識破り」である。必ずしもうまくいくとは限らない。

このあたりの見極めが非常に難しい。

人間の心などというのは実に弱いものだ。誰だってもしも失敗したら……という時のことも考える。

仮に「常識」に従って何かを行った結果失敗してしまった時と、「常識破り」のことをあえてした結果、失敗した時と、どちらがより痛手が少ないかなどと考えてしまう小っぽけな心の自分もいたりする。もちろんこうした、気持ちもわからなくはない。

あえて奇をてらって「常識破り」のことをする意味もない。

どこまで自分が納得して、確信犯的に「常識破り」のことを行い成功させることができるか。結局のところはこの点に尽きる。逆にいえば、「常識」や「慣習」というものも、それはそれでナメられたものではない。それなりの根拠や経験値があったりする。何でもかんでも「常識破り」を狙うというのも「イヤミ」なものである。

とことん自分自身で納得がいかない限り、とりあえずは「普通通り」にやってみるというのも決して悪くはない。


<著者プロフィール>
片岡英彦
1970年9月6日 東京生まれ神奈川育ち。京都大学卒業後、日本テレビ入社。報道記者、宣伝プロデューサーを経て、2001年アップルコンピュータ株式会社のコミュニケーションマネージャーに。後に、MTVジャパン広報部長、日本マクドナルドマーケティングPR部長、株式会社ミクシィのエグゼクティブプロデューサーを経て、2011年「片岡英彦事務所」を設立。(現 株式会社東京片岡英彦事務所 代表取締役)主に企業の戦略PR、マーケティング支援の他「日本を明るくする」プロジェクトに参加。2011年から国際NGO「世界の医療団」の広報責任者を務める。2013年、一般社団法人日本アドボカシー協会を設立代表理事就任。