ドル/円は、今年に入り、円高となりました。
2月には、121円台から111円近辺まで急落した後、いったん3月末まで小康状態でした。
しかし、4月に入ったと同時に、下落は再開し、4月の7日には、一時107.67の安値をつけ、心理的抵抗線だった110.00を下に割り込んでいます。
ここにきて、菅官房長官、麻生財務相、石原経済再生担当相からトークアップ発言(相場を持ち上げようとする発言)があり、市場に対する牽制がはじまっています。
しかし、2月末の上海G20において、「通貨安競争の回避」が確認されており、なかなか今の段階で政府・日銀が介入しづらい状況にあり、それだけにトークアップ発言に頼らざるを得ないものと思われます。
ただし、トークアップ発言も、最初のうちはそれなりの効果はありますが、多用するようになると、当然マーケットも聞き慣れてしまい、反応は鈍くなるものと思われます。
ドル/円の下落となった本質
それよりも、今回のこのドル/円の下落となった本質を知っておく必要があると思います。
ドル/円は、2011年3月11日に発生した東日本大震災がきっかけとなって、その後上昇を始めました。つまり、震災により福島第1原子力発電所で大事故が発生し、それに伴い、国内のすべての原発が停止しました。
そのため、代替エネルギーとして、液化天然ガスの大量輸入となり、この輸入代金をドルで支払うためのドル買い需要が大きく出ることになりました。
この影響は、為替相場では、2012年2月から表面化し、さらに2012円10月のアベノミクスが注目されるにしたがって、米系ファンドもアベノミクスに期待して、ドル買いに傾注しました。
この実需と投機のダブルのドル買いによって、2012年10月から翌2013年5月までの間で、ドル/円は25円もの上昇を見ました。
その後も、液化天然ガスの輸入が続き、相場は小康状態になりはしましたが、ドル買い需要が引き続いたため、高値圏での横ばいとなりました。
しかし、2014年の10月末、黒田バズーカ第2弾により、ドル/円は再上昇し、翌2015年6月までで、さらに20円の上昇となり、再び、米系ファンドは大いに潤いました。
ところが、話は前後しますが、2014年7月から原油価格が急落を始めたために、液化天然ガスの輸入によって大幅に赤字になっていた貿易収支は、赤字のピークとなった2014年が12.8兆円の赤字だったのに対して、翌年の2015年に2.8兆円の赤字と、10兆円もの劇的な縮小を見ることになりました。
この貿易赤字の大幅改善によって、ドルの下支えがなくなり、ドル安となったのは、2016年になってからのことでした。
そして、注意すべきは、これまで、ドル/円の買いで儲けてきた米系ファンドが、今年になり方針転換していることです。
つまり、2012年以降、アベノミクスへの期待から、ドル/円の買い、日本株の買いで攻めてきた米系ファンドは、GDPはマイナス、消費者物価指数の目標2%も遠く及ばずという成果がでないアベノミクスに対して失望に変わったということです。
そして、米系ファンドは、国・地域の構造的な矛盾を突いて攻めてきたことは、過去にもジョージ・ソロス氏vs BOE(英中銀)やアジア通貨危機など何例もあり、今回はドル/円の売りで既に攻めてきているものと思われます。
そうした猛者の攻撃に対して、政府・日銀は、下落のスピードが速かったり、あるいは、たとえば105円といった節目となる水準が割れてきたりすれば介入に出てくる可能性はあります。
しかし、最初に申し上げましたように、上海G20で確認された「通貨安競争の回避」は意識されるものと思われ、出来うる限り、トークアップ発言で乗り切ろうとするものと思われます。
しかし、それを、米系ファンドが気づくことになると、徹底的に攻撃してくるものと思われます。
また、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)も含め生保などの機関投資家や銀行が、ここ2年ほど、外国株、外国債で、為替ヘッジなしで運用(ドルロングを持っているようなもの)してきたことも、既に気づいていることも考えられ、これらも、売りで狙われることになるものと思われます。
その意味では、遅かれ早かれ、政府・日銀の介入が出動しなくてはならない状況に陥るものと考えています。
介入の基礎知識
最後に、介入の基礎知識です。
よく、「日銀の介入」と言いますが、正式には、「政府・日銀の介入」です。
ここで言う政府とは、財務省のことで、財務省に介入権限があります。
そして、財務省が日銀に売り買いから、通貨ペア、金額、介入のタイミングなどを指示し、日銀が実際に介入を執行するという流れになっています。
執筆者プロフィール : 水上 紀行(みずかみ のりゆき)
バーニャ マーケット フォーカスト代表。1978年三和銀行(現、三菱東京UFJ銀行)入行。1983年よりロンドン、東京、ニューヨークで為替ディーラーとして活躍。 東京外国為替市場で「三和の水上」の名を轟かす。1995年より在日外銀に於いて為替ディーラー及び外国為替部長として要職を経て、現在、外国為替ストラテジストとして広く活躍中。長年の経験と知識に基づく精度の高い相場予測には定評がある。なお、長年FXに携わって得た経験と知識をもとにした初の著書『ガッツリ稼いで図太く生き残る! FX』が2016年1月21日に発売される。詳しくはこちら。