連載『経済ニュースの"ここがツボ"』では、日本経済新聞記者、編集委員を経てテレビ東京経済部長、テレビ東京アメリカ社長などを歴任、「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーとして活躍、現在大阪経済大学客員教授の岡田 晃(おかだ あきら)氏が、旬の経済ニュースを解説しながら、「経済ニュースを見る視点」を皆さんとともに考えていきます。
日銀は10月31日、追加の金融緩和を電撃的に決め世界中を驚かせました。追加緩和発表直後から株価は急騰し円は安くなり、週明け後も株高・円安が一段と進んでいます。
日銀が突然のように追加緩和を決めた理由はなんでしょうか。それは、最近の景気がもたつき物価上昇が鈍化しているためです。日銀はデフレ脱却をめざすアベノミクスと歩調をそろえ、昨年4月に「物価上昇率2%を2年程度で達成する」との目標を打ち出し、大規模な金融緩和に踏み切りました。日銀は「量的・質的緩和」と呼んでいますが、要は量的緩和です。
その効果は大きいものがありました。昨年から今年にかけての景気回復はこの金融緩和抜きには語れませんし、日銀が目標にしている物価上昇も始まりました。消費者物価指数(生鮮食品を除く総合指数)はそれまで下落が続いていましたが、緩和決定の翌々月の6月から前年同月比プラスに転じました。従来でも消費者物価がプラスになった月はありましたが、1~2か月程度ですぐに下落に戻っていましたが、今回は月を追うごとにプラス幅が拡大し、今年4月には1.5%まで上昇していました(消費増税による影響を除く)。
ところがその後、消費増税による消費の落ち込みで消費者物価の上昇率は縮小傾向が鮮明になってきました。それでも黒田総裁は「景気は回復している。追加緩和の必要はない」と強気の姿勢を崩しませんでした。
しかし消費低迷は想定以上に長引き、物価上昇も一段と縮小し続けました。そしてちょうど追加緩和を決定した同じ日の朝に発表された9月の消費者物価指数が、消費増税分を除くと1.0%となりました。これでは日銀が目標としている「2%」の達成は困難であることがはっきりし、追加緩和に到ったというわけです。
追加緩和決定の声明文では、最近の景気と物価の停滞について「これまで着実に進んできたデフレマインドの転換(つまりデフレ心理からの脱却・筆者注)が遅延するリスクがある」と指摘し、それが現実になるのを「未然に防ぐ」と狙いを語っています。日銀の政策決定で「未然に」というのはかなり異例です。それだけ日銀の強い危機感と「何としても目標を達成する」という強固な意志が表れています。
報道によりますと、日銀は黒田総裁が主導する形で1カ月ほど前から内々に追加緩和の検討を始めていたそうです。確かに、以前は強気一点張りだった黒田総裁がそのころから「必要があれば躊躇なく調整を行う」と発言するようになっていました。ニュアンスの微妙な変化から「これはいずれ追加緩和をやる気だな」と私は見ていましたが、その時期は消費増税の決定と同じ、または近いタイミングと予想していました。それだけに今回の決定には正直びっくりしました。
今回の追加緩和の時期、もう一つのタイミングがあったと推測可能
今回の追加緩和の時期については、もう一つのタイミングがあったと推測できます。それは米国の中央銀行、FRB(連邦準備理事会)がその2日前に量的緩和終了を決定したということです。
量的緩和とは、中央銀行が金融機関から国債などを買い入れ、その支払代金の形で金融機関を通じて市場におカネを供給するやり方です。FRBはリーマン・ショック直後からこれまで3度にわたる量的緩和を実施していましたが、その効果によって米国の景気が好調になったことから今年に入って段階的に量的緩和を縮小し始め、10月29日にその終了を正式決定しました。これは既定路線ではあるものの、大きな区切りです。量的緩和終了ということは、市場に供給されるマネーの量が従来より減ることになりますし、量的緩和の次は利上げとの観測が強まるので不安感が高まる恐れがありました。しかしFRBは今後の利上げには慎重な姿勢を示したことから、米国だけでなく世界の市場に安心感が広がり株価上昇が始まっていました。そのタイミングを計るかのような追加緩和だったわけです。
また為替市場では、FRBが利上げに慎重とは言ってもいずれ利上げが確実となり、ドルが上昇しやすくなりました。ここで日銀が追加緩和すれば円安要因となり、まさにドル高・円安を加速する効果があります。このようにFRBの量的緩和終了直後という日程は、株価上昇と円安によって景気を押し上げていくには最も効果的なタイミングと言えるのです。
黒田総裁は財務省出身で、国際金融業務を取り仕切る財務官(次官級)という役職についていた頃、円高進行を阻止するため連日の円売り・ドル買い介入を実施した人ですから、市場のことは熟知しています。そんな黒田総裁のことですから、市場へのサプライズや効果的なタイミングを狙ったようです。日頃から、そのような黒田総裁の発言や手法を注意深く観察していると、次の手をあらかじめ読めるかもしれませんよ。
今回の追加緩和の内容は別表の通りです。やや専門的になりますが、要するに従来より長期国債などの買い入れを増やすことによっておカネの供給量をさらに増やすものです。昨年4月に決めた緩和内容も大胆で「バズーカ砲」と呼ばれましたが、今回はいわば「バズーカ砲」の第2弾。第1弾に負けないぐらいの規模と言えます。
では実際の景気や物価への効果はどのくらいあるのでしょうか。第1弾で相当の効果をあげたわけですから、その規模から見て第2弾もかなりの効果をあげるものと見ています。実体経済への効果が浸透するにはそれなりの時間がかかりますが、まずは株高と円安の効果が表れ、それが徐々に実体経済への効果となって広がるという第1弾の時と同じような経路をたどると予想されます。
ただ金融緩和はいわば時間稼ぎです。金融緩和の効果が表れている間に、今度は政府が景気のテコ入れ策や成長戦略を実行していく必要があります。今回の追加緩和をうけて安倍内閣が消費増税を決断する可能性が少し高まったと見ていますが、増税するにせよしないにせよ、景気対策は不可欠な状況です。またそれは中長期的にも景気を持続させ日本経済を強くするような政策でなければなりません。それがアベノミクスの成否を決めることになるのです。
執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)
1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。