2014年8月。熱いさなかにクール! な宇宙映像が飛び込んできました。まあ、この写真をごらんください。

これは宇宙を漂う、直径5kmほどの氷の塊です。まるで溶けかかったようなアイスクリームのような物体。これは、チュリュモフ・ゲラシメンコ彗星の映像です。彗星から64kmからの撮影です。地球の軍事偵察衛星だって高度200kmくらいからですから、いかに鮮明な映像かよーくわかろうというもの。これをとらえたのがいま一番アツい彗星探査機「ロゼッタ」でございます。今回は、こちらを知っていただきたいってお話でございますー。

チュリュモフ・ゲラシメンコ彗星。英語で書くと、67P/Churyumov-Gerasimenko。1969年、旧ソ連(現ウクライナ)の天文学者ゲラシメンコさんが撮影した写真から、チュリュモフさんが発見した彗星でございます。太陽を6年半ばかりで周回する彗星ですが、実はその軌道を過去に渡ってしらべると、1959年以前には、もうちょいのんびり太陽をめぐっていたのが、木星の影響で、より太陽に接近する軌道に変わったらしいのでございます。おかげで、地球にもだいぶ接近し、発見そして宇宙探査機による探査が可能になったわけなのですなー。

彗星は、氷のかたまりの天体です。とーぜんながら、太陽に接近すると溶けます。溶けると、水になるのではなく、ドライアイスのように気化し、あるいは身体がくだけて、ボヤーっともやをまとったようになるのですな。そして、それが自分の身体の何百倍にもなり、時にアマチュアの天文家の望遠鏡で発見されることになるのでございます。あ、氷といっても水だけでなく、ドライアイスやメタンの氷なども一緒ですから、水が溶けない温度でも一部は溶け始めるのでございますよ。溶けるようになるのは、木星より太陽に接近する場合です。

チュリュモフ・ゲラシメンコ彗星は、太陽からみると、木星ほど遠ざかったり、地球ほど接近したりする軌道を持った彗星です。そんでもって、ただいま絶賛接近中なのです。まだ溶けていない距離なのですが、これからじゃかすか溶けていくというところなのですな。

この一連の様子を、じっくりしらべようというのが、ヨーロッパの彗星探査機「ロゼッタ」でございます。ロゼッタは「ロゼッタストーン」からとられた名前で、古代エジプト文字が解読されるキッカケとなった石版の発見地ですな。溶ける前の彗星の溶けかたから、彗星の、そして太陽系の起源を調べようってなわけでございます。

ところで太陽系の起源をさぐるというと、日本の探査機「はやぶさ」を思い出す方もいらっしゃるでしょう。2010年に世界初の小惑星からの「サンプルリターン」に成功。小惑星の物質をカプセルにつめて、地球に持ち帰ることに成功しました。いやー、ムネアツでございましたな。同時に、日本が世界トップの小惑星探査技術を持った瞬間でもございました。

日本の宇宙探査は、世界的には米・露・中国・欧州の次の5番手というところですが、小惑星探査は一番。です。ナンバーワンかつオンリーワンなのでございます。

ヨーロッパはESA(欧州宇宙機関)というのを組織して、宇宙探査をしておりますが、こと「彗星」に関しては、こちらが一番でございます。1986年には、76年ぶりに地球に接近したハレー彗星に対して、とんでもない成果をぶちかましました。太陽に接近し、派手に溶けて蒸発しまくっているハレー彗星。もう、超高速で氷の弾丸をまき散らしているような状態の彗星に、探査機「ジオット」を突入させるフライバイ探査(すれ違いざまの探査)を成功させたのでございます

最接近距離は600km。これでハレー彗星の本体の撮影に成功しました。同じときに、ロシア、日本、アメリカも探査をしたのですが、はるかに遠巻きにながめるだけ、アメリカにいたっては、地球探査機の軌道を変更して、ハレー彗星に近寄せただけ。ヨーロッパが圧倒的な成果をあげたのでございます。

その後もヨーロッパは、この1番技術を大事にし、重量が3トン、太陽電池の両翼30mという、はやぶさ探査機の6倍も巨大なロゼッタ探査機を作ったのでございます。そして、なんと10年間! もの宇宙飛行を我慢強くやりつづけ、2014年8月のチュリュモフ・ゲラシメンコ彗星接近を果たしたのですな。そしてただいま50kmまで接近しつつあります。そうして撮ったのが最初の写真です。ハレー彗星とちがって、盛んに溶けていませんので接近ができ。そして、現在の技術による圧倒的な高精細撮影。ヨーロッパが彗星研究でまたしても劇的な成果をあげたのでございました。

そして、これにとどまりません。ジオットやほかの国の彗星探査は、基本フライバイ探査でございますが、今回は、オービター探査、つまり彗星の人工衛星になっての、「なめるような」探査です。さらに、もっと困難な世界初のランディング、彗星の着陸探査まで行う予定でございます。

着陸機は「フィラエ」といって30kgばかりの小型探査機です。ロゼッタから分離し、11月の着陸をねらっております。着陸してなにをするかって? 彗星にドリルで穴を掘り、彗星本体の物質を採取し、その場で分析します。また、彗星の内部構造を電気的に調べたりします。いずれにせよ、上空からじゃあわからない彗星の謎を1週間にわたって調べようってなもんでございます。上空探査だけでもお腹いっぱいなのに、なんというリスクを取る考え方でございましょうか。あ、フィラエもフィラエ・オベリスクという古代エジプトの歴史解明に役立った構造物のあった地名でございますなー。

フィラエは、その着陸方法もユニークです。彗星の引力はひっじょーに小さいので、降りたらバウンドしてまた宇宙に飛んでいってしまうのですな。そこで、モリを突き刺して、自分の身体を固定することになっております。動画をごらんください。

PHILAE TOUCH DOWN

こっちのほうがいいかな

Rosetta with the comet lander 'Philae' / Mission Rosetta mit Kometenlander "Philae"

ドイツ語ですけどー。うまくいくといいですなー。

ということで、いまがまさに旬なロゼッタ&フィラエ探査機。日本では、はやぶさ2の話に埋もれがちでございますが、まさしく、新しい世界の扉がひらかれようとしているのでございます。そんな歴史的な瞬間に立ち会えるというのは、なんとも幸せなことでございますよ。そして、取って出しの彗星映像の謎は、まだ、世界のだれもちゃんと説明できないことだらけなのでございます。これまた大注目です。

著者プロフィール

東明六郎(しののめろくろう)
科学系キュレーター。
あっちの話題と、こっちの情報をくっつけて、おもしろくする業界の人。天文、宇宙系を主なフィールドとする。天文ニュースがあると、突然忙しくなり、生き生きする。年齢不詳で、アイドルのコンサートにも行くミーハーだが、まさかのあんな科学者とも知り合い。安く買える新書を愛し、一度本や資料を読むと、どこに何が書いてあったか覚えるのが特技。だが、細かい内容はその場で忘れる。