今回のお題は、戦闘機では,かなり前からおなじみのアイテムだった「HUD(Head Up Display)」。近年では、軍用輸送機や民間旅客機でも装備事例が増えている。

頭を下げたくない

クルマを運転している時、普段は前方を注視している(はずだ)が、速度を知りたい時は視線を下げて、メータークラスタ内に設けてある速度計を見る。特に高速道路では速度計にも注意を払わないと、後ろから赤い回転灯を作動させるお友だちがやってくる可能性が高い。

新東名のようにスピード感が希薄な道路なら、なおのこと。うっかりしていると簡単にスピードが130~140km/hぐらいに達してしまい、静岡県警高速隊に反則金を献上することになる。

閑話休題。計器を見るのに視線を下げなければならないのは、飛行機でも同じことだ。すると、その間は機外の状況が見えなくなる。また、機外を見ている時と計器盤を見ている時とでは対象までの距離が違うから、ピントを合わせ直す手間もかかる。

特にこれが深刻な問題になるのが戦闘機だ。飛行諸元を知るために、あるいはレーダー・スコープを見るために、いちいち視線を下げていると、その間に外部の警戒がお留守になり、敵機に不意を突かれる危険性が高くなる。

そこで、1970年代辺りから導入が進んだのがHUDというわけだ。その名の通り、「頭を上げたままでも見られるディスプレイ」である。前方の外部の様子を見つつ、そこに飛行諸元や武器の照準などに関する情報も一緒に表示される。

HUDの仕組み

ディスプレイ画面を通じて外部を見られなければならないので、HUDの表示装置は透明なガラスである。正確にいうとハーフミラーだ。

表示するシンボル映像は、計器盤の中に収められたCRT(Cathode Ray Tube)に表示しており、それをレンズと反射鏡でハーフミラーの下まで導いて投影する。これは戦闘機の場合で、輸送機や旅客機はCRTに始まる光学系を頭上に設けることもある。計器盤の奥行きをあまり大きくとれないためだろうか。

変わっていたのはF-14Aトムキャットで、計器盤の上にハーフミラーを設ける代わりに、正面にある風防のうち平らな中央部分がそのままHUDの表示用ハーフミラーになっていた。三分割構成の風防だからこういう芸当ができたが、当然、分割のために入るフレームは視界を妨げる。

今の戦闘機は分割しないワンピース型が普通なので、当然ながら中央だけ平面ガラスにするというわけにはいかず、HUDは独立して風防の内側・計器盤の上部に設けている。

HUDのシンボル表示は焦点が無限遠になるように調整されているので、外部の光景との整合性はとれる。こうすることで、いちいちピントを合わせ直す負担もなくなるわけだ。

C-17AグローブマスターIII輸送機では、HUDの光学系を下部の計器盤に収めている Photo : USAF

写真のWC-130Jを含むC-130Jハーキュリーズは、逆にHUDの光学系を頭上に配置して、ハーフミラーは吊り下げ式としている Photo : USAF

F-16のHUD。航空祭の展示機ではHUDに保護カバーをかけていることが多いが、これは珍しくカバーがなかった

HUDに何をどう表示するか

HUDの本体だけを写した写真は意外と見つからないものだが、先日の「国際航空宇宙展2016」でBAEシステムズ社が、新しいタイプのHUDを出展していた。従来はかなりのスペースを占めていたHUD下部の光学系を、大幅に薄型化したモデルである。これなら設置スペースが少なくて済むので、機体側の設計は楽になるかもしれない。

BAEシステムズ社が開発した「LiteHUD」。ハーフミラーの下の光学系が、驚くほど薄型化されている

そのBAEシステムズ社の「LiteHUD」の表示を撮影してみたものがこれ。HUDの表示をきれいに撮るのは案外と難しくて、これも納得できる出来とはいいがたい。それでも、ハーフミラーに機体の姿勢や速度などを表示している様子は見て取れると思う。

「LiteHUD」の表示例。グリーンで表示された姿勢・高度・速度などの情報の向こう側に、ハーフミラーの向こう側に置かれたパネルの内容がそのまま見える

と思ったら、意外なところでHUDの表示を模擬体験できる場面に遭遇した。昨年11月に羽田からロサンゼルスまで乗った、アメリカン航空のボーイング787である。

同機に限らず、今の旅客機は座席ごとに設けた液晶ディスプレイに地図画面を表示できることが多い。件の787では表示モードの1つに「窓際の座席」があり、それを選択したらどういうわけか、前方の地形にHUDと同様の情報を重畳表示した画が現れた。

ボーイング787の地図画面では、こんな表示も可能だった。これは巡航中なので、右側の高度表示は36,900フィート(11,247m)、左側の対気速度表示は506ノット(937km/h)を示している

液晶画面の中で再現したものではあるが、前方の風景とシンボル表示の重畳という勘所はわかる。左が対気速度、右が高度、中央が機体の姿勢、下部にある扇形表示は針路、上部にある扇形表示は旋回計だろう。

ちなみに、左下にある「GSPD」とは対地速度(Ground Speed)、その右隣の「HDG」は針路(Heading)である。右下の「VS」はVertical Speed、すなわち昇降計であろう。水平飛行中だからVSはゼロだ。

これが戦闘機だと、レーダーが敵機を捕捉して交戦しようという場面では、敵機の位置や距離などに関する情報も出てくる。空対地の爆撃任務なら、爆撃照準に関する情報が出てくる。

本題から外れるので詳しい解説は割愛するが、爆撃の際にHUDにどんな表示が出てくるかについて興味があったら、「CCIP」というキーワードで調べてみるといい。CCIPとはContinuously Computed Impact Point、すなわち「連続算定命中点」の略だ。

余談だが、HUDと外見が似ていても、実は別物ということがある。飛行情報は表示せず、照準に関する情報だけを表示する「光学照準器」という場合もあるからだ。

HUDの変わった使い方

HUDは飛行諸元やターゲティングの情報を表示するだけのものではない。F-15EストライクイーグルではLANTIRN(Low Altitude Navigation and Targeting Infrared for Night)航法ポッド・AN/AAQ-13から得た前方の赤外線映像を表示する。それによって「夜を昼に変える」わけだ。

科学技術庁(当時)のSTOL(Short Take-Off and Landing)実験機「飛鳥」もHUDを備えていたそうだ。HUDがあれば、滑走路の代わりになるシンボルを投影することで、地面よりもはるかに高い空中で「模擬短距離着陸」を実験できる。