経済ニュースで懐かしい名前を見かけた。1987年から2006年までの長きにわたって米FRB(連邦準備制度理事会)の議長を務めたアラン・グリーンスパン氏だ。グリーンスパン氏は、インタビューで「あらゆる尺度でみて長期金利は低過ぎであり、それゆえ(その水準は)持続不可能だ」、「株価ではなく、債券価格がバブルであり、市場はそのことに気づいていない」と語った(※)。
※ 債券の価格と利回り(=金利)は正反対の動きをする。価格が上昇すれば、金利は低下する。逆に、価格が低下すれば、利回りは上昇する。したがって、「長期金利が低過ぎる」は、「長期債券の価格が高過ぎる」と同じ意味
6月23日付け「米債券市場で何が起きているか、グリーンスパンの『謎』再び!?」で、2000年代半ばの利上げ局面で長期金利が低下したことに関して、当時のグリーンスパンFRB議長が「コナンドラム(謎)だ」と述べたエピソードを紹介した。今度は、グリーンスパン氏がリアルタイムで、現在の長期金利が低過ぎると警鐘を鳴らしたわけだ。
株高についてグリーンスパン氏は、長期金利が低水準であるためバリュエーション(価値評価)の面から正当化されるとの立場のようだ。もっとも、長期金利が低過ぎると考えている以上、その修正で長期金利が上昇(急騰)すれば、株価が調整(急落)してもおかしくないとは考えているだろう。
グリーンスパン氏と言えば、株高に警鐘を鳴らした「根拠なき熱狂」というセリフが有名だ。FRB議長時代の96年12月に講演で、「根拠なき熱狂が、正当化できる以上に資産価格を上昇させ、予測不可能かつ長期的な下落につながりかねないことを、我々はどうやって知ることができようか」と述べた。日本の平成バブル崩壊を念頭に置いたものだった。
グリーンスパン氏の警鐘にもかかわらず、株価はその後も3年以上にわたって上昇を続けた。その間にIT株中心のナスダック指数は4倍になった。それだけ相場の天底のタイミングを判断するのは難しいということだ。
ただ、グリーンスパン氏にとって痛恨だったのは、警鐘を鳴らすタイミングが早すぎたことではなく、その後に変節したことではなかっただろうか。「根拠なき熱狂」の後もたびたび警鐘を鳴らしていたグリーンスパン氏は、IT革命による経済構造の変化についての「ニューエコノミー」と題する講演で、株高を肯定するかの発言を行った。「構造的な生産性の伸びが、企業収益に関する長期的な高い期待を生んでおり、それは驚くにあたらない。そして、その高い期待が株価を引き上げている」と述べたのだ。
この「ニューエコノミー」の講演が行われたのが、2000年3月6日。そして、ナスダック指数が史上最高値を付けて80%の下落を開始したのが、そのわずか4日後だった。最も懐疑的な人(投資家)が強気に転じざるを得ない状況になった時が、往々にして相場の天井ということだろう。
同様のことが繰り返されるならば、グリーンスパン氏が降参して低金利を肯定した時こそ債券バブルが崩壊するかもしれない。グリーンスパン氏がFRB議長を辞してから10年以上が経過している。FRB議長という公人ではなく私人となったグリーンスパン氏の見解を次にいつ聞くことができるか、残念ながらわからない。
執筆者プロフィール : 西田 明弘(にしだ あきひろ)
マネースクウェア・ジャパン 市場調査部 チーフエコノミスト。1984年、日興リサーチセンターに入社。米ブルッキングス研究所客員研究員などを経て、三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社。チーフエコノミスト、シニア債券ストラテジストとして高い評価を得る。2012年9月、マネースクウェア・ジャパン(M2J)入社。現在、M2JのWEBサイトで「市場調査部レポート」、「市場調査部エクスプレス」、「今月の特集」など多数のレポートを配信する他、TV・雑誌など様々なメディアに出演し、活躍中。
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